苦くも柔い恋
帰り支度を進めていると、既に帰宅準備の整った同僚が声をかけてきた。
「橋本さーん、帰るついでに送って行こうか?」
今日は誰も残業する気は無いようで、部屋にはその同僚と和奏、あとは塾長と話をしている香坂の4名だけだった。
いつもならお願いしますと甘えるところだが、その日の和奏は違った。
「今日は大丈夫です、ありがとうございます」
「そっか。じゃあお疲れ〜」
ひらひらと手を振り去っていく同僚を見送り、和奏が諸々を鞄に詰め終えたところで丁度塾長との話を終えた香坂と鉢合った。
「どうした橋本、今日は送ってもらわなくていいのか?」
「あ、はい…ちょっと」
理由を言うのは憚られたので適当に濁せば香坂はそれ以上突っ込んでくる事はなかったが、代わりにじゃあ一緒に出るかと言った。
あっという間に荷物をまとめた香坂と共に塾長に別れの挨拶をし、職員室を出て並んで階段を降りていく。
「そういや例の彼とはどうなの?」
軽い調子で香坂に聞かれ、和奏は眉を垂らした。
「ますますよく分からない事になっちゃいました」
「なんで?」
「いや…なんていうか、その…思ってたより、彼に好かれてたみたいで」
ごにょごにょとはっきりしない口調で言う和奏に、面白いものでも見たと言うように香坂は口角を上げた。