苦くも柔い恋
「それ、何冊もあるけどそんなに生徒受け持ってるのか」
「それって…ああ、赤本のこと?そうだね、マンツーマンで見させてもらってる子は何人かいるよ」
「何人くらいだ」
「受験生は3人くらいかな」
「結構大変だな」
「そうでもないよ。もっと人数受け持ってる先生はいるから」
互いに準備を整え終え、対面に向かい合い手を合わせていただきますと言って和奏は薬味をつゆへと入れていく。
「職業柄、やっぱり卒業した大学で判断されちゃうところがあるからね。素直に千晃と同じところ行っておけば、もっと任せてもらえたのかもしれないけど」
「…え?」
箸を握ろうとしていた千晃の手が止まり、視線が向けられる。
「言ってなかったっけ。私、本当は大学受かってたんだ」
「…嘘、だろ」
「嘘じゃないよ。まあ証拠は無いんだけど」
記念に写真でも撮っておけば良かったかな、なんて思うけど当時の状況じゃどんなに考えたって無理だろう。
思い出せば息が苦しくなるほど辛かった記憶は、今では少しちくりと痛むくらいに落ち着いた。
自分の中で少しずつ克服できているのかと思うと、嬉しくなった。
けれど千晃は違ったようで、目を開いたまま顔を青くしてこちらを見つめていた。