苦くも柔い恋


見慣れた女物の靴。

全身が震え、自身の心臓の音だけを聞きながら家に上がった。

千晃のご両親が共働きなのは昔から知っていた。


異様に静かなリビングを抜けて階段を音もなく登り、幼い頃に何度か訪れた部屋の前に差し掛かった。

中から聞こえてくる微かな男女の声。


——開けたら駄目


ドアを開けば全てが終わってしまうと直感が訴えていた。

けれど襲いかかる衝動が抑えられず、和奏はゆっくりとドアノブを握り、押した。


そうして目にした光景は、予感はしていたのに信じたくないものだった。

部屋の隅にあるベッドの上、そこで美琴が千晃に乗り掛かりキスをしていた。


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