冷徹ドクターは初恋相手を離さない

「執刀医の荒木です。今日はよろしくお願いしますね、吉村さん」
「はい。お願いします」
　全ての確認が終わり、吉村さんは車椅子に移乗して手術室の廊下に入る。手術室見学は外回り看護師の志田さんが私の指導をしてくれるらしい。
「私は先に外回りの仕事してくるから、手洗いを済ませたら五番に入ってきてね」
　外回り看護師とは、先程の申し送りや麻酔介助、記録、患者の全身状態の観察などを行う。
　また、手術の進行状況に応じて不足物品の補充を行うためにオペ室から出て物品を持ってくるなど手術の円滑な進行をサポートをする看護師だ。
　ちなみに、よくドラマで見る術者にメスなどを渡すのは器械出し看護師という。
　手術中に必要とされる器械のセッティングや術中はメスや鉗子、剪刃などを術者に渡し、手術を円滑に行うためのサポートが主な役割だ。
　私は念入りに手洗いを済ませて、吉村さんの手術を行う手術室五番に向かった。

「あ、来た来た。今からタイムアウトだから聞いててね。タイムアウトです」
　私がちょうど入室すると、外回り看護師の志田さんが手招きをしながら小声で教えてくれる。その後、『タイムアウトです』と全体に向けて大きい声で言うと、手術室にいるスタッフ全員が手を止めた。
　すると、術野に立つ荒木先生が声を発する。
「吉村由美子さん、乳がん全摘術及びセンチネルリンパ生検、手術部位は右乳房、手術時間は二時間の予定。センチネルリンパ生検の結果、転移が認められた場合──」
　タイムアウトでは患者誤認防止のために皮膚切開前、スタッフが手を止めて今回行われる手術内容と患者情報が間違っていないか一斉に確認をする作業をする。
　吉村さんの手術が無事に終わるように願いながらタイムアウトを聞く。そしてタイムアウトが終わると『よろしくお願いします』と全員が声を揃えて言い、手術が始まった。
　手際よく皮膚を切開していっている様子が遠くから見てもわかる。その姿を見て、改めて荒木先生のすごさを痛感した。