冷徹ドクターは初恋相手を離さない
「えっ、裕太」
「詩織……!」
 なぜ裕太がここにいるのかわからない。けれど、隣には誰もいないし誰かと来ていたわけでもなさそう。本当に偶然、同じタイミングでここに来ただけなのかもしれない。
 そんなことを考えながら、私は裕太のことを見なかったことにするように無視をして、そのまま女子トイレにそのまま入ろうとする。
 すると突然、裕太に強引に手首を掴まれる。
「ちょっと待てよ」
「離して」
 驚いたけれど、その反応を押し殺す。怖がっている姿を見せたら舐められてしまうから。
 低い声で強めの口調で裕太に抵抗する。手首を振り払って目の前にある女子トイレに急いで駆け込もうとするが、今度は背後から肩を掴まれた。
「お前、なんでずっと無視するんだよ。俺ずっとメッセージ送ってんじゃん」
「今更あんたに話すこともない」
「俺はあるんだよ! 浮気していたのは悪かったって。だからヨリ戻そうよ。なぁ? 寂しい思いさせたのも悪いと思っている。だから──」
「いい加減にして。私、今はあんたとヨリを戻すつもりなんて微塵もないんだから」
「詩織、お前そんな奴だったか? 俺のこと好きなんじゃないの? なあ、どうしたら許してくれるんだ?」
 そんなやつだったか? なんて言わないでよ。私のことをちゃんと知ろうとしなかったくせに。寄り添ってくれなかったくせに。
 面倒なことになった。もうこれ以上強いことは言えないし、騒ぐと周りの人達にも迷惑がかかる。
「どうやっても無理。もういいから離して」
 肩を掴む裕太の手を無理にでも剥がそうとすると、その手を掴まれて距離を詰められてしまった。このままでは何をされるかわからない。
 私は護身術の知識もない上に、今その知識があったとしても身体がこわばってしまっているからできないだろう。
 どうしよう。誰かに助けを求めようか? でも、そんなことをしたら周りにいる人達に迷惑がかかる。
 そんな風に頭の中でぐるぐる考えていた時のこと。それは一瞬で、まるでドラマのようだった。
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