冷徹ドクターは初恋相手を離さない
「綺麗」
 肩までお湯に浸かりながら見る夜空があまりにも綺麗で写真を撮りたかったけれど、私のカメラではこのような繊細な星たちの煌めきのひとつひとつを収めることはできない。
「この部屋がいちばん綺麗に空が見えるらしい」
「そうなんですか?」
「ああ。詩織、前にも言っていただろう? 星空が綺麗に見えるし、地元の夜景は一度見てほしいって。それに、ここに向かう道中でも言っていたよな。だから、せめて星空が綺麗に見えるという部屋を選んだ」
 そう言われてみると、これまでに何度か直哉さんに夜空が綺麗だとか夜景のことを話していたかもしれない。
 直哉さんは私の言っていたことを覚えているだけでなく、それをもとにどうしたら喜ぶのかまで考えて部屋を選んでいたんだ……。
 だから、ベッドが一台しかないことに気づいた時、あんな反応をしていたのか。と、合点がいく。
「嬉しいです」
「良かった」
 湯船は湯温が高いわけでもなく、ゆっくり楽しめる熱さでちょうどいい。
「私、ここに引っ越すと決まった時、安心したんです。これでやっと母は楽になれるのかもしれないって。私も我慢をしている母の姿を見るのは心苦しかったですから」
 香りのいい温泉のお湯をちゃぷん、と両手でお湯を掬い、手で閉じこめると、指間からお湯が漏れていく。
「でも、結局母はひとりで私を育てるためにさらに弱っているところを見せなかったんです。そんな母を見ていたら、私もがんばらなきゃって思っちゃいますよ」
「そうだよな」
 向かい合って座っていた直哉さんは、私と彼の肩が触れ合うくらい近くに寄ってきた。
 首から肩にかけてが厚くて筋肉質。しっとりとした白い肌にはずっしりとした筋肉とほどよくついた脂肪がバランスよく詰まっているのがわかる。
 この逞しい身体に抱かれたら、きっと幸せなのだろうと感じた。
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