冷徹ドクターは初恋相手を離さない
 それから十時間後。
 直哉さんは仕事を早く切り上げて十八時くらいに病院に来ていて、今は一緒に病室からLDRに移動し、数分おきに襲われる激しい痛みに耐えていた。分娩監視装置をおなかに装着して胎児心拍数をモニタリングしていると、用紙に波形が描かれているのが見えて、赤ちゃんは問題なく元気なのだろうとわかる。
 そして、助産師さんが子宮口の触診をして全開大に近づき、いよいよ『お産』の本番が目の前にやってきた。

「いてて……ふーっ、ふーっ……」
「うん、痛いね。つらいな」
 私が苦痛のあまり顔をぐしゃっとさせると、直哉さんは落ち着いた穏やかな声で私にそう言いながら、テニスボールを使って腰をマッサージしてくれる。
 マッサージで少しだけ緩和する痛みをもう少し逃すために深呼吸を続けて、痛みから逃れようとしていた。
「ううっ……」
「うん。痛いな。よしよし」
 私が痛みを押し殺すためにぎゅっとタオルと握りしめると、直哉さんは私の手を握ってくれた。あたたかくて、大きくて、頼もしい。
 私の傍には直哉さんがいる。夫が傍にいるだけでこんなに心強いとは思わなかった。
 それから順調にお産は進行して、次第にいつもは冷静な直哉さんが珍しく何かしようと慌てる姿もあったようで、助産師さんに声かけされていた。そんな貴重な姿をちらりと見ることもできないほどの痛みに襲われる。

「はい、いきむよー! ふーっ! はい、吸って~、はい、ふーっ! 上手だよー!」
「詩織ちゃんあと少しだよー頑張るよー」
 助産師さん、看護師さんに澄怜先生、直哉さんに見守られながら私は必死にいきむ。
「はい、赤ちゃん生まれるよーっ!」
 助産師さんのその一言で、私はくたくたの身体に精一杯力を込めていきんだ。
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