エリート御曹司の溺愛に甘く蕩かされました

過去を知る男〜side征士〜

 久しぶりに見る皇居の桜は、自分が日本に帰って来たことを実感させた。
 俺は腕時計で時刻を確認してから、つい先ほどまで隣の席にいた女性について考える。

 藤島(ふじしま)乃愛(のあ)
 先日、前任の課長から企画課メンバーの写真を見せられた際は全く気付かなかった。
 それもそのはず、あれから十一年も経ったのだ。当時のあどけない少女は、すっかり大人の女性へと姿を変えていた。
 向こうも俺に気付いた様子はない。
 十一年前のあの日、彼女が宝物にしている指輪をあげた少年が俺なのだと。

 今朝、会社の前で彼女を助けたのは偶然だった。
 本社ビルの高みを見上げて、胸元で拳を握り締める女性。
 無表情で出勤する人の群れの中、輝く瞳をした彼女に自然と目が行った。
 すると、彼女は握っていた手から何かを取り落とし、それを追って身体のバランスを崩した。自分の助けが間に合って、本当に良かったと思う。

 その後、彼女が落とした指輪のデザインを聞いた俺の心に、十九歳の頃のある思い出が蘇った。
 彼女が宝物だと話すその指輪を見つけて、予感が確信に変わる。
 十一年前、俺は一度彼女に会っている。
 あの時、彼女がくれた言葉と眩しい笑顔は、当時の自分を良い方向へと変えるきっかけとなった。

――ずっと君を忘れられなかった。

 そんなこと、今の彼女に話しても戸惑うだけだろう。
 だけど、もし機会が訪れたら。
 伝えられるだろうか。彼女への感謝と、あの日、胸に芽生えた仄かな想いを。

 眼下に広がる桜を眺めながら、俺の隣で同じ景色を嬉しそうに見ていた彼女を思い出す。
 新しく何かが始まる予感がした。
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