エリート御曹司の溺愛に甘く蕩かされました
「征士さんは、前から知っていたんですか? 私が、あの時の女の子だって」

 恐る恐る聞くと、征士さんは頷いた。

「会社の前で乃愛と会った日……君が落とした指輪を見つけた時に、裏側に『Bonne Chance』と記してあるのを見つけた。その後に、少女の名前が『ノア』だったことを思い出して――君があの時の少女だと確信を持てたんだ」

「私たちが初めて出会った時には、もう分かっていたんですね」

 私は目を瞬かせる。
 たった今話を聞くまで、征士さんはその事実を口にしなかった。私が指輪のエピソードを打ち明けた時も、お付き合いしてからも、ずっと……一体、どうしてだろう。
 私の疑問に気付いたかのように、征士さんが話を続ける。

「初めは、上司と部下の立場で打ち明けても、君を困らせるだろうと思って言えなかった。君は俺があの時の少年だと気付いていないようだったし……」

「すみません」

 思わず謝ってしまった私に、征士さんがクスッと笑みを漏らす。

「気付かなくて当然だ。君は指輪の刻印について知らないからな。その後、乃愛から指輪の思い出を話してくれて、君もあの日の出来事を大切にしてくれているのが分かった。だから、いつかは話そうと思っていたが……」

 ここで征士さんは、声のトーンを落とした。

野田(のだ)の一件で、乃愛が十一年前のあの日、男性への恐怖心を持ってしまったと知った。だから、当時の記憶を呼び起こして、君がまた体調を崩してはいけないと思って、今まで黙っていたんだ」

「そうだったんですか」

 野田さんに迫られた時、私は貧血を起こしてしまい、征士さんに助けてもらった。あの様子を見ていたのだから、征士さんが過去について打ち明けなかったのも納得だ。
 だけど……。
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