傷痕は運命の赤い糸

出会い

 三十メートルほど先のバス停には、すでに目的のバスが到着していた。笹原紗世(ささはらさよ)はクタクタに疲れた体に鞭を打って駆け出した。
 紗世が走ると、頭の後ろでひとつに結んだ艶のある黒髪が、馬の尻尾のように左右に揺れる。
「待ってください! 乗ります!」
 紗世のことをチラリと見た乗客はいたが、肝心の運転手には声が届かなかった。
 プシューと小気味のいい音と同時に、バスのドアが閉まる。
 無情にも紗世の目の前で、今日の最終バスが発車してしまった。
「間に合わなかったかぁ……」
 両膝に手のひらを当てて肩で呼吸をしながら、大きなため息をついた。
 電車で帰るか、タクシーを利用するか。
 家まで歩けない距離ではないし、歩いて帰ろうかと思い悩む。そもそも、普段は徒歩で通勤している。
 疲れているからバスを選んだはずなのに、余計に疲れる結果になってしまった。
 なんて、うじうじ考えていても仕方がない。
「よし! もうひと踏ん張りしますか!」
 わざと大きな声を出して、自分を鼓舞した。

 なるべく明るい道を選んで、帰路に着く。
 途中で通る駅の周辺には、居酒屋が多数点在している。
 華の週末金曜日だから、いつもよりも人が多い。なかには見るからに酔っている人もいる。
 できるだけその人たちの方を見ないように距離を取りながら、足早に通り過ぎた。
 ぎゃはは、と品のない笑い声が響くたびに、ついそちらを見てしまいそうになるが、これまでの経験上、酔っ払いとは目を合わせないほうがいい。

 急に、なんだか妙な胸騒ぎがしてきた。残暑の気配も弱まり、過ごしやすい気温の日が続いているからか、陽気な人が目につきやすい。最近は不審者情報も増えてきた。
『虫の知らせ』という言葉もある。こういう直感は無視しない方がいい。

——昔から何故か、私の嫌な予感ってだいたい当たるんだよね……。

 それは、紗世にとっては星占いよりもよほど信憑性のある予感だった。

 今日はもうタクシーで帰ってしまおうと、タクシー乗り場の方向に進路を変えたところだった。
 どこかから「いやっ!やめてください!」という叫びが聞こえてきたのは。
 聞こえてしまったからには無視できないのが紗世の性分だ。
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