マリアンヌに私のすべてをあげる
マリアンヌの幸せ
何も間違ってない……そう何も間違ってないのに……それなのにアスカさんに婚約を破棄すると言われて胸が痛んだ。
一緒にいたい、側にいたい、離れたくないって……
どうして女性のアスカさんにそんな感情になるの……大切なお友達だから?
二人でいる時が楽しくて……
時間なんていつも忘れて過ごしてた。
私が私らしくいられる時間だったから。
そんな日々がこれからも続いていくと勝手に思ってた。
どうしてそう思ってたんだろう?
アスカさんが倒れた時、もしかしたらこのまま会えなくなるんじゃないかって不安になった。
ーーだから祈ったの……もう一度アスカさんに会いたいって。
そんなこと祈ってはいけないのに。
アスカさんはもとの世界へ帰りたいはずだから。
なのに……また私を見て欲しいだなんて……
アスカさんがクリストファー様の絵をお描きになるって言われた時も、私だけを見て描いて欲しいって思ってしまった。
変よね……なぜそんなことを?
あれから数週間が経ったけど……心にポッカリ穴があいてしまったようだわ。
ーーコンコン、
『マリアンヌお嬢様、クリストファー様がお越しになられております。お庭の方でお待ちです』
クリストファー様が……どうされたのかしら?
❤︎❤︎
『クリストファー様、お待たせいたしました』
『マリアンヌ、突然押し掛けてすまない。これを……』
お庭でお待ちになっていたクリストファー様が、私に薔薇の花束を差し出した。
『大変綺麗な白薔薇ですねぇ。ありがとうございます』
『青い薔薇ではなくてごめんね。なかなか咲いてくれなくて…… 。マリアンヌには白が似合うから白薔薇にしたんだ』
鼻先に白い薔薇の花束を近づけると、ほんのりと甘く優美な香りが漂った。
『私は白薔薇も大好きなんですよ。良い香りがします』
『喜んでくれて嬉しいよ。今日は話したいことがあって来たんだ』
透き通ったヴァイオレット色の美しい瞳に私が映る。
『マリアンヌ、僕と結婚しよう!!』
『…… え?』
『こんなことを言って驚かせてすまない。けど本気だよ。僕はずっとマリアンヌが好きだったんだ。レオナルドとマリアンヌが婚約する前から……』
ーークリストファー様が私を……
『この想いは胸に秘めておくつもりだった。互いの愛の有無なんて関係ない政略結婚。貴族同士が一度決めた婚約を、僕の力で破棄させることなんて出来なかった。二人の婚約を知った時はまだ僕も幼かったし、もうどうにもならないことなんだって諦めてた。だけどあの夜マリアンヌの涙を見て、やはり諦められないと……』
そのように私を思っていただけてたなんて……
『レオナルドではマリアンヌを幸せにはできない!! だから僕が幸せにする!!』
ーー私の幸せ……
私の幸せはどこにあるんだろう?
愛されることも愛することも諦めてた。
でもここに私を愛してくれて、幸せにしたいと言ってくれてる人がいる。
それが私の望んでいた幸せのはず。
愛されれば、幸せにしてもらえればって……
ずっとそんなふうに思って生きてきた。
ーーそれなのに……今は……
私は……私が愛する人に愛されたい。
私は……私が幸せにしたい人と幸せになりたい。
私の幸せの形は変わってしまったみたい。
ようやく気づいたわ。
ーー自分の本当の気持ちに……
『クリストファー様、お気持ちを伝えてくださってありがとうございます。ですが私はクリストファー様と結婚できません』
『それは…… それはどうしてかな?』
『きっとクリストファー様と結婚すれば、幸せにしてもらえることでしょう。それでも今の私は自分が幸せにしてもらうことよりも、自分が幸せにしてあげたいと想える人と一緒にいたいんです』
ーー私の幸せはそこにある……あの日々のなかに……
『それがレオナルドだって言うの? マリアンヌは酷い目に合わされてきたのに…… どうしてレオナルドを幸せにしたいだなんて……』
クリストファー様が詰め寄るようにして私に尋ねた。
そうよね……そう思われてしまうわよね……
『以前のレオナルド様でしたら、私もこんなふうに想うことはなかったでしょう。けれどレオナルド様は変わったんですよ。誰にもわからないでしょうが…… そして今の彼が私を変えてくれました。だからこの気持ちに正直にいたいんです』
もう自分の気持ちに嘘ついて生きたくない。
『そうか…… 今のレオナルドは変わったのか…… 。言われてみればそうなのかも知れないな。レオナルドにマリアンヌとの婚約を破棄して欲しいって頼んだんだ。もちろん破棄しないと言われても、スタンフィールド公爵家を敵にまわしてでも、どれほど時間がかかろうとも闘うつもりではいたよ』
お二人がそんなお話をしていたなんて……何も知らなかった……
『…… 先日、僕の屋敷にレオナルドが来たんだ。マリアンヌとの婚約を破棄するって伝えに。正直驚いたよ。こんなにも早く聞き入れてもらえるなんて想像すらしてなかったから。以前のレオナルドならマリアンヌを傷つけようが、家名と体裁さえ守られればいいと考えてただろうし、婚約破棄してもらうのは相当骨が折れるだろうと思ってた。だがあの日のレオナルドは何か違った…… 直接僕の目を見てマリアンヌを必ず幸せにして欲しいって言ったんだ』
『……そうですか』
アスカさん…… そんなことをクリストファー様に……
『はぁ…… わかったよ。マリアンヌの気持ちを一先ずは尊重する。だけど次はないから!! 次レオナルドが泣かすようなことがあれば、マリアンヌがなんと言おうとも僕が幸せにする!!』
大きなクリストファー様の手が私の頭を優しく撫でた。
『クリストファー様…… お気持ち、大変嬉しかったです。ありがとうございます』
『言っておくけど、まだ望みは捨ててないからね。レオナルドが本当に変わったのかをこれから見届けるつもりだから。それでは今日はこれで失礼するよ』
そうして仰り微笑んだクリストファー様をお見送りして、私は自室へと戻った。
部屋に飾られたアスカさんの描いた私の絵。
大切な大切な宝物のような絵。
一緒に過ごす日々は初めて覚える感情がいっぱいあった。
アスカさんがいる場所が私の居たい場所。
ーー逢いたい……アスカさんに……