公爵令嬢の婚活事情〜王太子妃になりたくないので、好きな人と契約結婚はじめました〜
 シルヴィアがガトーショコラを食べ終えたタイミングで、

「お待たせ」

 とスーツからラフな普段着に着替えてきたハルが戻って来た。

「早っ。って、まだ定時じゃないですよね?」

 ハルの仕事終わりまで待つ気満々だったシルヴィアは、ハルが来るまで読もうと思って取り出した本から視線を上げて驚いたように目を瞬かせる。

「ん? 早退してきた」

 レモネードをぶっかけられた上に腫れた頬で仕事できないよと笑うハルに、まさか早引きしてくるなんてと青ざめるシルヴィア。

「ごめんなさい、お仕事の邪魔をするつもりはなかったの!」

 外交省の忙しさは普段の兄を見ていれば分かる。
 素直に謝罪したシルヴィアの髪をくしゃくしゃと優しく撫でたハルは、

「元々今日あたりこうなるの分かってたから、午後半取ってたんだよ」

 思ったより早く片付いたから時間空いただけ、と告げる。

「分かっ……て?」

「目撃者も多いし、証拠の写真も撮影したし。傷害罪で訴えたら勝てると思う」

 後腐れないようにお別れは人目の多いとこって決めてるからとあっけらかんとそう言ったハルは、

「さて、そろそろ行こうか?」

 何の感傷も残さずにシルヴィアの荷物を持ってそう促す。

「……いつか、本当に刺されますよ」

 発言が大分最低なクズ男のそれですよ、と眉根を寄せるシルヴィアに、

「そこまで熱烈に僕の事好きになってくれる人なんて居ないって」

 みんな自分の事が一番大事だからとハルは笑ってそう言った。

「心配しなくても、結婚適齢期から外れたら声もかからなくなるよ」

 あと10年くらい? と肩をすくめ気にも留めないハルは、

「あ、シルちゃんが社交界でハルステッド・ストラルは最低なクズ男だから近づかない方がいいって噂流してくれたらもっと早く終わるかも」

 さも名案とばかりに手を打って提案する。

「嫌ですよ」

「えーダメ?」

 小首を傾げるアクアマリンの瞳は心底楽しそうで、そしてあざとい。

「……っ、そんな目で見てもダメなものはダメです」

 私を巻き込まないでください、とシルヴィアはツンと突っぱねる。

「……ダメかぁ」

 ならしょうがないなぁと首を振ったハルは、

「じゃあ、あと10年刺されないように頑張るよ」

 カラカラと楽しそうに笑ってそう言った。
 そんなハルの隣を歩きながら、そんな事できるわけないでしょうとシルヴィアは心の中でつぶやく。
 だって、シルヴィアが知っているハルは優しい人なのだ。
 出会った時から変わらず、今までずっと。
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