公爵令嬢の婚活事情〜王太子妃になりたくないので、好きな人と契約結婚はじめました〜
「私、甘えてばっかりで本当ダメね」
ダメな自分ばかりが顔を覗かせて、情けなくて。
耐えようとしても大きな濃紺の瞳からは涙が零れる。
「シルさん、ごはん食べてないでしょう」
ごはん食べなきゃ、めっ。ですよ? とベロニカはお姉さんらしく叱る。
「お腹が空くとろくな思考にならないのですよ」
ミスも増えますし、とシルヴィアの午前中の様子をそう評価する。
「ごめ……なさい」
仕事、なのにと俯くシルヴィアの頭を撫でながら。
「ちゃんと始業時間に間に合うように来れたではないですか」
その格好で来るの、勇気が必要だったでしょう? とベロニカは優しい口調で話しかける。
いつも身なりをきちんとしていて品位を保つようにと言い聞かされて育った上流階級のお嬢様が初めて自分一人で身支度を整えたのだ。
シワのよった服に袖を通す事にも、可愛らしくヘアメイクや化粧が施されていない事にも、そのままの姿で外に出る事にも、きっと抵抗があっただろう。
それでも彼女はアルバイトに遅刻しない事を優先した。
「初めから100点満点を目指そうとしなくて良いのです」
もちろん、お給料分は働いてもらいますけどと前置きをしたベロニカは、
「そのためにも辛い気持ちは今吐き出しちゃいましょう。そして、お昼ごはんを食べたら午後から元気に楽しく働きましょうね」
午後から終業時間までまだ長いのですから、と優しく笑う。
ああ、この顔には覚えがある。とシルヴィアはほっとして肩の力が抜ける。
ずっと昔、お茶会でアネッサに完膚なきまでにやられてベルに会いたいと癇癪を起こし、アポなしで伯爵邸を訪れた。
その時もベロニカはこうして話を聞いてくれたのだ。
大丈夫ですよ、とミルクティーを差し出して。泣き出したシルヴィアの背を撫でて落ち着くまでゆっくり待ってくれていた。
「……私……今日、すごく頑張ったの!」
シルヴィアはゆっくり言葉を紡ぐ。
「お洋服、こんな風にぐしゃぐしゃになるなんて、思ってなかったし」
公爵家にいる時は普段着一つとっても、隙などないほど整えられていた。
「シャワーだって、冷たいの我慢して浴びたし」
ひねった蛇口から出たのは冷たい水で。
でもさすがにシャワーを浴びないで出るのは抵抗があって、時間もなくて覚悟を決めた。
「よく、眠れなかったし」
昨夜は全然眠れなかった。部屋中に所狭しと積み上げられた未開封のダンボール箱。
今まで公爵家の自分の部屋で使っていたものとは全く違う硬くて狭いベッド。
風が吹いただけで揺れる窓。
外からも階下からも何かの音が響いて聞こえる、なんて防音対策がしっかりしている屋敷で育ったシルヴィアが今まで経験した事なんてあるはずもなく。
慣れない環境で寝付けず寝返りをうち続け、ようやくうとうとし始めたのは明け方になってからで。
そのまま寝過ごしたのだった。
「なのに、全然。全部、上手くいかなくて」
うぅっとうめき声を上げながら、苦しい気持ちを吐き出すシルヴィアは、
「でも、ハルさんが名前で呼んでくれないことが一番悲しい」
と目を伏せる。
結婚の話を持って行った時から、ずっとハルの目に映らず、名前も呼ばれない。
妹扱いだった時みたいな優しさまでは求めないけれど、挨拶すらまともに交わせない関係はさすがに堪える。
シルヴィアは自分の中に溜まっていた感情を全部吐き出すようにただ泣いて、ベロニカはシルヴィアが落ち着くのを静かに待った。
ダメな自分ばかりが顔を覗かせて、情けなくて。
耐えようとしても大きな濃紺の瞳からは涙が零れる。
「シルさん、ごはん食べてないでしょう」
ごはん食べなきゃ、めっ。ですよ? とベロニカはお姉さんらしく叱る。
「お腹が空くとろくな思考にならないのですよ」
ミスも増えますし、とシルヴィアの午前中の様子をそう評価する。
「ごめ……なさい」
仕事、なのにと俯くシルヴィアの頭を撫でながら。
「ちゃんと始業時間に間に合うように来れたではないですか」
その格好で来るの、勇気が必要だったでしょう? とベロニカは優しい口調で話しかける。
いつも身なりをきちんとしていて品位を保つようにと言い聞かされて育った上流階級のお嬢様が初めて自分一人で身支度を整えたのだ。
シワのよった服に袖を通す事にも、可愛らしくヘアメイクや化粧が施されていない事にも、そのままの姿で外に出る事にも、きっと抵抗があっただろう。
それでも彼女はアルバイトに遅刻しない事を優先した。
「初めから100点満点を目指そうとしなくて良いのです」
もちろん、お給料分は働いてもらいますけどと前置きをしたベロニカは、
「そのためにも辛い気持ちは今吐き出しちゃいましょう。そして、お昼ごはんを食べたら午後から元気に楽しく働きましょうね」
午後から終業時間までまだ長いのですから、と優しく笑う。
ああ、この顔には覚えがある。とシルヴィアはほっとして肩の力が抜ける。
ずっと昔、お茶会でアネッサに完膚なきまでにやられてベルに会いたいと癇癪を起こし、アポなしで伯爵邸を訪れた。
その時もベロニカはこうして話を聞いてくれたのだ。
大丈夫ですよ、とミルクティーを差し出して。泣き出したシルヴィアの背を撫でて落ち着くまでゆっくり待ってくれていた。
「……私……今日、すごく頑張ったの!」
シルヴィアはゆっくり言葉を紡ぐ。
「お洋服、こんな風にぐしゃぐしゃになるなんて、思ってなかったし」
公爵家にいる時は普段着一つとっても、隙などないほど整えられていた。
「シャワーだって、冷たいの我慢して浴びたし」
ひねった蛇口から出たのは冷たい水で。
でもさすがにシャワーを浴びないで出るのは抵抗があって、時間もなくて覚悟を決めた。
「よく、眠れなかったし」
昨夜は全然眠れなかった。部屋中に所狭しと積み上げられた未開封のダンボール箱。
今まで公爵家の自分の部屋で使っていたものとは全く違う硬くて狭いベッド。
風が吹いただけで揺れる窓。
外からも階下からも何かの音が響いて聞こえる、なんて防音対策がしっかりしている屋敷で育ったシルヴィアが今まで経験した事なんてあるはずもなく。
慣れない環境で寝付けず寝返りをうち続け、ようやくうとうとし始めたのは明け方になってからで。
そのまま寝過ごしたのだった。
「なのに、全然。全部、上手くいかなくて」
うぅっとうめき声を上げながら、苦しい気持ちを吐き出すシルヴィアは、
「でも、ハルさんが名前で呼んでくれないことが一番悲しい」
と目を伏せる。
結婚の話を持って行った時から、ずっとハルの目に映らず、名前も呼ばれない。
妹扱いだった時みたいな優しさまでは求めないけれど、挨拶すらまともに交わせない関係はさすがに堪える。
シルヴィアは自分の中に溜まっていた感情を全部吐き出すようにただ泣いて、ベロニカはシルヴィアが落ち着くのを静かに待った。