公爵令嬢の婚活事情〜王太子妃になりたくないので、好きな人と契約結婚はじめました〜
「うわぁー、冗談! 冗談だよ、ハル君!!」

 辞めないでっと泣き真似する先輩に、

「なら、今後は僕を生贄に差し出すのお控えいただけます? ようやく意中の奥様を射止めたわけですし」

 と新婚のレインを前にため息交じりにそう告げる。

「おぅ、ハル君結構根に持ってるね」

 その節はお世話になりました、と殊勝な顔をして見せるがおそらくまったく悪いと思っていない。

「レイン様結構えげつないですよねー。可愛い後輩を令嬢の群れに差し出して、自分はとんずらした挙句、安全圏で奥様と逢瀬を重ねて口説き落としてるなんて」

「そりゃあね。チャンスが転がってきたら拾うでしょ」

 手段問わず、と目を細めたその表情は交渉の場で見せるレインの本性に近く、ハルはそれ以上突くことを止め、黙って午後からの会議資料を差し出した。

「わぁーさすがハル君」

 一瞬で雰囲気を切り替えたレインを見てさすがだなと思いつつ、ハルはじっと彼を観察する。
 パッと見ご機嫌そのものだが、資料をめくる度雰囲気が変わる。
 ルキもそうだが、仕事中のレインは妥協という言葉を知らない。故に求めるレベルが高く、このチームは異動希望者が多い。
 新採時代から残っているのはもはやハルだけだ。

「……足りませんでした?」

「そうだね、修正を頼もうか」

 すっと細められた目が隈なく資料を読み込み、指先で修正箇所をいくつか示す。

「なるほど、10分で直します」

 こっちの情報が抜けてましたね、と素直に詫びたハルはあっという間に修正作業を終え、

「こちらの案件の経過報告も追加で用意しておきます」

 ご指摘ありがとうございました、と午後の準備を終える。

「うん、花丸満点」

 よしよし、と可愛い後輩を褒めながら、

「やっぱりハル君に辞められると困るなぁ。うち回らなくなっちゃう」

 と先程の話に戻る。

「とりあえず辞める予定はありませんけど、僕いなくても全然捌けるじゃないですか」

 これ以上褒めても何も出ませんよと警戒するハル。

「ふふ、そうだね。ルキが、頻繁に休まないならそうだったかもねぇ」

 とレインはホワイトボードの勤務予定表を指して肩を竦める。

「ルキとは長い付き合いだけどさ、あいつが仕事をセーブする日が来るなんて思わなかったよ」

「僕もまさか姉さんがあそこまで仕事大好き人間だとは思いませんでした」

 ホワイトボードに書き込まれた休み申請を見ながらハルはそう言って回想する。
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