公爵令嬢の婚活事情〜王太子妃になりたくないので、好きな人と契約結婚はじめました〜
「ただいま」

 予定より少し遅く帰宅したハルは電気をつけてすぐ違和感に気づく。
 あれだけあったダンボール箱が一つもない。その上シルヴィアの姿も見当たらない。
 日は既に落ちていて、街灯が灯りはじめる時間帯。
 シルヴィアがストラル社を退社して真っ直ぐ帰って来たならとうに帰り着いていていいはず、と思いかけ帰り着いたからいないのだと察する。

「振られるまでの最短記録更新、だな」

 お嬢様にこの生活はキツかったかと予想より早く音を上げたシルヴィアの事を思う。

「もう、お家に帰ってるかな? シルちゃん」

 きちんと公爵邸に辿り着けただろうかとハルは心配しつつ、

「コレもルキ様に返さないと」

 と役所から回収して来た封筒を取り出す。封筒の中身は、シルヴィアが提出しに行った婚姻届。
 ハルは兄の勧めで成人した日からあらゆる書類の不受理届けを出しているので、ハル本人以外が提出した書類は全て受理されず、連絡がくるようになっている。
 今日はこれを役所まで回収しに行ったので、いつもより遅めの帰宅となっていた。

「フロランタンの材料、無駄になっちゃったな」

 テーブルに置かれていたのは、ベロニカに託していたエナジーバーの箱で、中身はまだ結構残っていた。
 朝ハルの出勤時間になっても起きてくる気配のなかったシルヴィア。
 わざと起こさず放置したので、アルバイトに間に合ったかは分からないが、多分朝食を食べる余裕はなかっただろう。
 不干渉でと自分で言った癖に、シルヴィアのその後が気になってしまったハルは結局ベロニカに頼んでエナジーバーを渡してもらう事にした。

『アフターケア付きの意地悪なんて、本当にハルさんは身内に甘々ですねぇ』

 そう言って受け取ったベロニカからはいい子いい子とからかいと共に散々頭を撫でられた。
 ベロニカから見れば自分はまだまだ子どもらしい。
 まぁ、あの自由人を地で行く義姉に敵う気はしないのだけど。
 ハルはエナジーバーを手に取り口に放り込む。

『ハルさん、聞いてっ!』

 これでもうシルヴィアからあんな風に親しげに話しかけられる事もない。
 自分の事を見つけた途端ぱぁぁぁーと表情を明るくして満面の笑顔で話しかけてくる彼女を見られなくなるのかと思うと、少し残念な気もするけれど。

「良かった」

 それは紛れもなくハルの本音だった。
 シルヴィアは、彼女の地位や教養に相応しい人と結ばれるべきだとハルは思う。
 なんでも持っていて、シルヴィアの才を活かせる人と。
 例えば、現在留学中の王子様みたいな。
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