公爵令嬢の婚活事情〜王太子妃になりたくないので、好きな人と契約結婚はじめました〜

その6.公爵令嬢と悪役令息。

 前回のおさらい。
 冷たくあしらいつつ難題を吹っかけてシルヴィアに契約結婚を諦めてもらおうと思ったのに、財力で解決されてしまった。
 その上家庭教師として雇用されそうなんだが、これからどうしたらいいんだろうか?
 というわけで、シルヴィア説得作戦を練り直す羽目になったハルは昼休み力なく机に伏せっていた。

「なんか疲れてないか、ハル?」

 シルヴィアとの生活そんなに大変? と話しかけながらコーヒーがコトっと置かれる。

「……ルキ様」

 お礼を言って受け取ったがそのまま口をつけず、うぅっと唸り声を上げたハルは。

「ルキ様がこんなにあんぽんたんで考えなしだとは思いませんでした」

 ふいっとそっぽを向くと考えるの面倒になってきた、と嘆く。

「おおっ、ハルが拗ねてる。新鮮」

 ベルなら失礼極まりない発言を無駄にポジティブな言い回しに変換して笑顔で応戦してくるのにと苦笑するルキに、

「姉さんと一緒にしないでください。あの人やられたら真っ向からやり返すヒトですよ?」

 嫌味を言ってきた相手の鼻っ柱とプライドをベコベコに折るためだけに、学生時代寝食を惜しんで勉強に勤しみ主席をキープしていたとベルの様子を語ったハルは、

「まぁ、僕姉さんの気が強いとこ好きですけど」

 そんな姉を肯定する。

「奇遇だな、ハル。俺もベルの芯が通っていて我が強いとこ好きだよ」

 うちの父も何度もやり込められてるよ、と楽しそうに肩を震わせて笑うルキ。

「リヒトにはぜひベルの強かさを見習って大きくなって欲しいところだ」

 公爵家嫡男はそれなりに大変だから、と話すルキは穏やかな目をしていて。
 妻子を心から愛しているのだと分かる。

「……そんなに、家族が大事ならなんでシルちゃんを公爵家から出したんですか」

 ため息交じりにそう言ったハルは、

「僕の事を信用してくれるのは嬉しいですけど、僕だって男です。王族との婚姻を退けるために血の繋がらない男と同棲させるなんてどうかしてる」

 シルヴィアの経歴に不要な悪評がついたらどうする気だと文句を言いつつ回収した婚姻届をルキに差し出す。

「なんだ、シルは伯爵の助言を活かせなかったのか」

 せっかく伯爵が教えてくれたのに、と苦笑し差し出された婚姻届を確認する。
 証人欄にはルキのサインがされており、必要事項が全て埋まったその書類は、受理さえされれば滞りなく婚姻が成立する状態となっていた。

「驚きませんね」

 女性関係で悩まされ続けたルキにとって、勝手に手続きされないための自衛策を多々講じるのは当然で。
 自分と同様の状態に置かれていたらしいハルがそれをしていないとは思えなかった。

「まぁ、ハルの事だから不受理届出してるだろうなとは思ってたし。それに」

 一度言葉を区切ったルキはじっと最愛の妻と同じ色味をした瞳を見つめる。

「それに?」

 先を促されたルキは、

「ハルなら俺の大事な妹を任せてもいいかな、と思ったんだ」

 シルヴィアはヒトを見る目は確かなんだよと一度確認した婚姻届をハルの方に差し出した。

「ま、いずれにしても俺はこの件について強要する気はないからさ。ハルが決めたらいいよ」

 多分、外野が何を言ったとしてもシルヴィアの気持ちが変わる事はないだろう。
 それはきっとハルも同様だけど。

「どう転んでも、ハルの自己肯定感がもう少し上がるといいなーっていうのが俺の本心かな」

 ハルには借りがある。尤もハルはそんなふうには思っていないだろうけれど。
 ベルと契約婚約していた時も。
 ベルが出て行って後も。
 随分と気にかけてくれた年齢以上に大人びている、義弟を見ながら思う。
 ハルには幸せな人生を歩んで欲しい、と。

「いや、別に僕自己肯定感低くないですし。超有能ですよ?」

 即座に否定したハルにクスリと笑い返したルキは、

「まぁ、そんなわけでシルヴィアをよろしく頼むよ」

 成立していない結婚生活の果てに二人が迎える結末が、彼らの糧になるものであればいい、と願った。
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