公爵令嬢の婚活事情〜王太子妃になりたくないので、好きな人と契約結婚はじめました〜
「ほぼ"ない事"ですね」

 これは相当だな、と苦笑したベルはプチフールの一つを小さく切ってシルヴィアの口に放り込む。

「美味しいぃ……ナツの作ってくれたお菓子が疲れた心に染み渡るぅ」

 素直に餌付けされるシルヴィアを見て私の義妹は本当に可愛いなぁと食べさせ続けるベルは、

「ところで、エステル……って、あのナジェリー王国のエステル王女の事ですか?」

 と尋ねる。
 ナジェリー王国とは海の向こうにある大切な貿易相手。現在両国が非常に良好な関係を築けているのは外交省勤めのルキの手腕によるものだ。
 そして、かつてナジェリー王国第二王女エステル・ディ・ナジェリーとルキの間で政略結婚の話が上がっていた。
 今となっては夜会の最中、彼女を挟んで婚約破棄劇場をやらかしたのが懐かしい。
 そんな回想をしていたベルに、

「……あっ、えっと」

 気まずそうな顔をするシルヴィア。
 あの頃のシルヴィアはまだ子どもで。
 ベルがどんな気持ちで憎まれ役を引き受けて兄と婚約を破棄しこの屋敷を出て行ったのか、なんて想像すらできなかった。
 そして、ベルと入れ替わりでこの屋敷に足を踏み入れたエステルの気持ちも。
 ルキとのお試し交際中、屋敷に滞在していたエステルはとても心許なそうで。
 ベルが自分に心を砕いてくれたように、もっとエステルと仲良くしてあげればよかったと、随分後になってから思ったのだった。
 だからといって、謝罪は違う気がして。
 シルヴィアは素直な気持ちと彼女が愛してやまない鉱石についての質問を手紙に託した。
 とはいえあちらは王族。返信もないだろうと思っていたのに、随分たった頃にシルヴィアの質問の返答が便箋10枚に渡ってぎっちり綴られた手紙を受け取った。
 手紙以外にもサファイアとルビーのカケラが入っていて。仲良くなれたら嬉しい、とこちらの国の文字で綴られていたの見て、きっとエステルは沢山勇気を振り絞ってくれたんだろうなとシルヴィアは嬉しくなった。
 それ以来、家も国も関係なくエステルとは仲良くしているのだけれど。
 自分の夫の結婚相手として名前が上がっていた人と義妹が仲良しなんてさすがのベルも気分を害するかしら、とシルヴィアは狼狽える。

「その、えっと」

 だが、シルヴィアの心配は杞憂に終わる。

「ふふ。私に気を使う必要はございませんよ?」

 言い淀むシルヴィアをアクアマリンの瞳で優しく見つめたベルは、

「全部、過去です」

 そう言ってそっと指輪を撫でる。
 そう、沢山泣いたアレは過去。
 そして今、自分の目の前にはベルが大切にしたいと思う人がいる。

「シル様が良いご友人に恵まれたようで、私も嬉しく思います」

 きっとシルヴィアにも多々思うところはあっただろう。
 それを乗り越えてナジェリーの王族との繋がりを築けているシルヴィアの成長が素直に嬉しい。
 ベルの反応にほっとした顔をしたシルヴィアは話を続ける。

「エステルね、婚約するんだって」

「それはおめでたい」

 まだナジェリー王国から正式発表はないからこれは内緒のお話なのだろうとベルは耳を傾ける。

「で、その相手がカルロス殿下の側近なんだけど」

 エステル王女のお相手はナジェリー王国と陸続きでお隣のイスラン王国の侯爵令息。
 エステルがデザインしたネックレスに使われていた珍しい鉱石に目を留めた侯爵令息と意気投合。
 鉱物好きの縁でそのままトントン拍子に話が進んだらしい。
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