公爵令嬢の婚活事情〜王太子妃になりたくないので、好きな人と契約結婚はじめました〜
「シルヴィアに出し抜かれるほどまだ落ちぶれてはいないつもりだが?」

 いつも通りのローテンションでそういう伯爵に、

「いや、出し抜ける気もしませんし、仮にできたとしても出し抜く気もありませんけど」

 いやいやいやと手を振るシルヴィア。
 今まで受けた恩を思えば、そんなことできっこないし、きっとこの人には一生敵わない。
 それに伯爵に敵う人なんて、きっとベロニカくらいだとシルヴィアは思う。
 
「まだ、どっちも全然慣れないですけど」

 伯爵の先程の質問に真摯に答えを探しながらここ数週間を振り返る。

「せっかく機会をもらったのだから、どちらも焦らず"今日"を積み重ねてみようかな、って思っています」

 穏やかな声で、でもとても楽しげにそう答えたシルヴィアをじっと見る。
 シルヴィアは天真爛漫で、好奇心旺盛。そして、それを隠れ蓑にして相手の本質を見抜くのがとても上手いと伯爵は思う。
 本人が意識しているのかいないのかは別として、その特性はきっと彼女の育った環境に由来する。
 保護してくれる味方を見極めなければ、生きて来られなかったのだ。
 本来なら丁重に守られるべき公爵令嬢でありながら、防衛本能といってもいいそれが自然と身につくほど、幼少期からシルヴィアはヒトの無関心と悪意に晒されてきたのだとすぐに分かった。
 だから、ハルは彼女を放っておけなかったのだろうと伯爵は思う。
 ハルは昔から家族以外には無関心な子だった。もっというなら、ストラル家にとって利益にならない相手に自分の時間を割くタイプではなかった。
 ただ一人、シルヴィアという例外を除いては。

「伯爵?」

 じっと黒曜石の目に止まって不思議そうに首を傾げるシルヴィアの声で伯爵は思考を止める。
 ハルがシルヴィアを気にかけ始めた時からずっと思っていた。もしかしたら、シルヴィアならハルの抱える悩みを消せるかもしれない、と。

「ん、上出来。今日はもう上がっていいぞ」

 そう言った伯爵は、

「ハルのこと、頼むよ。シルヴィア」

 俺はシルヴィアの将来性に投資してるんだから、と静かに笑った。
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