公爵令嬢の婚活事情〜王太子妃になりたくないので、好きな人と契約結婚はじめました〜
「……シルちゃん」

 コレはどこからツッコむべきなのだろうかと悩むハルに、

「あのね! みんなで沢山分けてしまったのだけど。でも、ハルさんの分はちゃんと確保していたの!」

 シルヴィアはずいっとハルの前に燻製されたウィンナーやチーズなどなどを差し出す。

「そうだわ、言ってなかった。ハルさん、おかえりなさいっ」

 他にもみんなで色々作ったのよと楽しげに話すシルヴィアを見ていたら、すっかり怒る気が失せてしまった。

「楽しかった?」

「うん! すっごく怒られたけど」

 警備隊の方に注意されちゃったと満面の笑みを浮かべるシルヴィア。
 それは13歳の彼女が、ベロニカとともに兄に正座で怒られながら嬉々として言い返していた時の笑顔と同じで。
 目が離せなくなる。
 シルヴィアの頬についていた煤を指先でそっと拭ったハルは、

「良いなぁ、僕ももう少し早く帰ってくれば良かった」

 燻製卵作りたかったと笑い返す。

「シルちゃん?」

 じっとハルを見つめたまま顔を赤くして固まってしまったシルヴィアに、どうしたのかと問かければ、

「ハルさんが、笑ってくれたのが嬉しくて」

 ふわぁぁっと頬を両手で押さえてシルヴィアは嬉しそうな表情を浮かべる。
 そうだ、冷たく突き放して早々に公爵家に送り返そうと思っていたんだ、とハルはようやく思い出す。
 が。

「名前、また呼んでくれるようになったのも嬉しい」

 と、力が抜けたようにその場に座り込んで顔を伏せたまま小さな声でそう言ったシルヴィアを見て、ハルは言葉が紡げなくなる。
 吐き出された声は少し震えていて、ずっと不安だったということがひしひしと伝わってきた。
 このままではダメなのに、というのは分かっている。
 だけど。

「ごめん、僕が悪かった」

 ハルはそっとシルヴィアのプラチナブロンドの髪をふわりと撫でる。
 泣きそうなシルヴィアを前にどうしても冷たくはできなかった。
 これはきっとシルヴィアのためにならない。
 だけど、それでもせめて今日だけはと思ってしまう。

「マカロン。あとネコちゃん3Dアートで描いたホットココアを淹れてくれたら許します」

 エナジーバーもすごく美味しかったですと顔を上げたシルヴィアは要望を述べる。

「内緒、って言ったのに」

 ベロニカ義姉さんめっと言ったハルに、

「ふふ、ハルさんって意地悪向いてませんね」

 悪役令息にはなれないわとシルヴィアは笑った。
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