公爵令嬢の婚活事情〜王太子妃になりたくないので、好きな人と契約結婚はじめました〜
「なのでコレはあげません」

 そういってシルヴィア作の卵焼きは渡さない。
 悪役令息にはなれないとシルヴィアに笑われた時、確かにらしくないなとハルは自分でもそう思った。
 そもそも論として、ハルは誰かと揉めるのが苦手だ。自分が折れて事が穏便に済むなら自ら進んで損をするとわかっている方を取るくらいには。
 そんなハルがよく知らないその他大勢のご令嬢相手ならともかく、シルヴィア相手に今更冷たくあしらうなんてそもそもできるわけなかったのだ。
 これからどうしようかな、と悩みつつハルはルキに奪われる前に卵焼きを食べる。

「あ、卵の殻入ってる。シルちゃんはとりあえず卵の割り方の練習からかなぁ」

 シルヴィアの分の卵焼きは殻が入ってなければいいけど、とハルは今朝のキッチンの惨状を思い出しクスクス笑う。
 失敗したと泣きそうな顔だったのに、一口卵焼きを食べた途端、味は美味しいわと目を輝かせて自画自賛していた。
 クルクルと素直に表情が変わる彼女は本当に可愛い。

「もういっそ兄さんにそういう商品開発してもらおうかな。姉さんなら上手く売って採算とれそうだし」

 卵の殻割器的なやつとつぶやきつつ、アイデアとこうだったらいいなーという理想をノートの隅に書いた。

「なんだかんだといいつつ、ハルは本当に面倒見がいいな。いっそのことそのまま絆されて、本当にシルと契約結婚してみたらどうだ?」

 ルキはコーヒーを飲みつつ義弟にそう勧める。

「シルちゃんに失礼です。それに僕にとってシルちゃんはそういう対象じゃないんです」

 昔から可愛い妹が欲しかったんですよね、と言ったハルは、

「そんなわけで僕、シルちゃんには幸せになって欲しいんですよ」

 大事な家族ですからと静かに微笑んだ。
 ハルを見ながら、ルキはベルの言葉を思い出す。

『時々ね、不安になるの。ハルもどこか遠くに行っちゃうんじゃないか、って』

 ベルはいつも元気で強かな逞しい妻だが、秋口になると調子を崩す日がある。
 そんな時はホットミルクを飲みながら、眠くなるまで2人でゆっくり過ごしているのだが、ふいにベルからそんな言葉が溢れたことがあった。

『ハルは、私に話してくれないから』

 辛いことも、苦しいことも。
 全部自分で解決しちゃうの、とベルは寂しそうにそう言った。

『ハルの生き方や処世術に文句をつけるつもりはないわ』

 私も随分好き勝手にしてるから。
 淡々とした口調でそう言った彼女から"後悔"がぽつりぽつりと落ちてくる。

『ただ、ハルにも誰かいたらいいのにな、とは思うけど』

 私にとってのあなたみたいに引き止めてくれる存在が。
 そう言って寄りかかってきたベルはそれ以上何も語らなかった。
 何がベルをそんなに不安にさせるのか知りたくて、少しだけハルの過去を調べた。
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