公爵令嬢の婚活事情〜王太子妃になりたくないので、好きな人と契約結婚はじめました〜
 昼休み明け、レインから突然呼び出され告げられた担当外の仕事にハルは困惑していた。

「もしかして異動、ですか?」

 この時期に? と眉を下げてそう尋ねたハルに、

「一時的な貸し出し、っていうか兼任かな」

 これでもだいぶ粘ったんだとレインは肩を竦める。

「ナジェリー王国は今やうちの重要な取引先の一つ。そこのお姫様がご婚約されて輿入れの日も決まったからね」

 ナジェリー王国から第二王女エステル・ディ・ナジェリーの婚約とその相手が正式に発表された。
 そしてその相手が現在この国に留学中のイスラン王国王太子カルロス殿下の側近でマージ侯爵家の嫡男オーキス。
 彼も王太子の付き添いで共に留学中で留学から自国に戻る半年後にご成婚される予定だ。

「というわけで、うちでもお二人のご結婚のお披露目とお祝いを兼ねた催しをやるわけなんだけど」

 担当部署から応援を頼まれた、とレインはハルに経緯を説明する。
 他国の王族が絡む案件はやることが多く担当外の部署にも応援がかかることはよくある。
 だが、今回の仕事はそれとは明らかに異なる。

「部署的にナジェリー側の調整なら分かるんです。でもこれは」

 イスラン王国側の業務、それも直接的に王太子に接するような内容まで入っている。
 明らかに今のハルに回ってくるような業務ではないのだ。

「ご指名、なんだよねぇ」

「ご指名?」

 訝しげにレインの言葉を繰り返したハルに、

「はじめは、ルキを。次に俺を。二人とも今うちの課から抜けられないのを分かっていて、わざわざ指名してきた。そして落とし所として君を指名するように仕掛けて来たからあえて乗ってみた」

 そう言ったレインの目は笑っていなくて。
 多分、この案件には色んな思惑が絡んでいるのだろうということは容易に想像できた。

「正直、僕では力不足です」
 
 不測の事態全てに対応できるだけの能力も人脈も待ち合わせていない。
 そう申告したハルに、

「第一課管理者代行として、俺はそうは思わない」

 誰が君を鍛えたと思ってるの? とにこにこにこと笑ったレインは、

「ちょっと考えてみてくれる? ハルくんが本当に無理だと思うなら別の人間を検討するから」

 ハルに資料を渡す。
 それをチラッと見て無言のまま頷き出て行ったハルの背中を見送ったレインは、

「"普通"っていうのが一番難しいんだよ、ハルくん」

 君やルキみたいな人間にはね、と静かにそうつぶやいた。
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