公爵令嬢の婚活事情〜王太子妃になりたくないので、好きな人と契約結婚はじめました〜
「それで、わざわざ私服で人払いまでして僕に一体どんな御用なのですか、陛下」

 私人として来たのだと強調するレグルだが、彼と自分の間に存在する共通の話題なんて兄であるストラル伯爵以外にはない。
 というわけで、兄を捕まえたいならストラル社にでも出向かれてはいかがです? とハルは早々に兄を差し出そうとする。
 だが。

「そもそもキースを捕まえたところで、私のお願いなんて聞いてもらえないんだよ」

 学生の頃から袖にされ続けてるんだと泣き真似をしてみせるレグル。
 兄がなんでもかんでも厄介ごとを引き寄せる体質なのは十分知っているが、学生の時から王族に付き纏われるレベルかと兄の引きの強さにハルは改めて心底同情した。
 若干引き気味のハルに、泣き真似をやめ楽しげに口角を上げたレグルは、

「キースを本気で怒らせると私でも怖いからね。アイツは涼しい顔して淡々とゲームでも進めるかのように相手の息の根を止めにくる」

 だから敵に回さないって決めてるんだよねぇとカラカラと軽く笑い飛ばす。

「だからと言って僕を突いても兄は動かないと思いますよ?」

 "ストラル伯爵"に何をさせたいのかは知らないが、兄を動かすためには好奇心を刺激する何かがなければ、とハルが兄の姿を思い浮かべていると、

「言っただろ、キースはお願い事を聞いてくれない、って」
 
 凛と通る声が空気を震わせる。
 先程までのふざけた雰囲気のこの人と玉座に座る賢王と讃えられるこの国の支配者の姿が急に一致し、困惑しそうになったハルに。

「イスラン、はいい国だよ。これから先も是非とも仲良くしたい。もちろん、ナジェリー王国も」

 サファイアのような碧眼が意向を告げる。
 そうだろうな、とハルは思う。
 レグル自身即位前にイスラン王国への留学経験があり親交を深めているし、ナジェリーは今や重要な取引相手。
 だからこそ、王太子本人の婚姻ではないのに披露目をしたいという要望を受け入れたのだろうし。

「そうですね、その点については僕も同意です。一外交省職員として、双方にご満足頂けるよう全力を尽す所存で」

 そう言って無難な回答で済ませようとしたハルの言葉は、

「シルヴィア・ブルーノ公爵令嬢」

 その一言で行き場を失った。
< 56 / 83 >

この作品をシェア

pagetop