公爵令嬢の婚活事情〜王太子妃になりたくないので、好きな人と契約結婚はじめました〜
『気がかりを解消しておいで』

 と言われても、正直どうすればいいのか分からなかった。
 ただ、今朝家を出るシルヴィアが浮かない顔をしていたから。
 
「……本当に来ちゃった」

 ただそれだけの理由で、ハルは久しぶりに母校に足を踏み入れた。
 レインに職場を追い出される際、外交省オープンイベントPRという大義名分まで渡されたので、学園に入ること自体は問題なかったけれど。
 そこそこ広いこの学園の一体どこにシルヴィアはいるのだろうか?
 偶然ばったり出くわすなんて難しいだろうし。
 会いに行ったところでかける言葉も待ち合わせていないし。
 覗きに来られても迷惑に思われるだけかもしれない。

「はぁ、僕こういうの向いてないんだよねぇ」
 
 ため息交りにそうつぶやいたハルは、

『ハルさん!! 見てみてーーー!!』

 卵が割れただけで大はしゃぎしていたシルヴィアを思い出す。

「僕シルちゃんには笑っていて欲しいんだよね」

 そう、彼女に憂い顔は似合わない。
 
「負けず嫌いなシルちゃんなら、多分」

 シルヴィアのいそうな場所にあたりをつけたハルは、そちらに向けて駆け出した。
 
 ハルが向かった先は屋外にある温室。
 薬学の授業や暖かい季節を過ぎたこの時期はほとんど誰も来ないその場所で、彼女は一人ダンスを踊っていた。

「んーイマイチね」

 むぅと不満げな顔をした彼女は、ガラスに映った自分の姿を確認しながら何度も何度もフォームを修正する。

「あ、いけないわ。私たら」

 しかめっつらをしていた自分の頬を軽く叩き、シルヴィアはにこっと口角を上げる。

『シルヴィアお嬢様が世界で一番可愛いです』

 他国の王族の手のひらで転がされ、惨敗した後の夜会で、雪辱を晴らすわと宣言した自分にベルがかけてくれた魔法の言葉。

「笑顔っ! それで大抵乗り切れるわ」

 可愛いは正義なんだから! とシルヴィアはよしと気合いを入れて、また一人で踊り始めた。
 ハルは何度も何度も繰り返し踊るシルヴィアをぼんやりと眺める。
 シルヴィアを形作る全ては、彼女の途方もない努力でできている。
 そして、その努力はきっとシルヴィアが大事に思う誰かの側にいるためのもので。
 政治的な争いの駒に使われるために、彼女は努力してきたわけではない。

「シルちゃん」

 ハルはシルヴィアの背中に声をかける。

「え、えっ!? なんで? ハルさんがここに?」

「んーお仕事ついでに、シルちゃんの顔が見たくって?」
 
 制服姿ももうすぐ見られなくなるし、とにこやかに笑ったハルは、シルヴィアの髪を軽く整える。
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