公爵令嬢の婚活事情〜王太子妃になりたくないので、好きな人と契約結婚はじめました〜
「実直に仕事をこなしてしまえば、あとは膨大な時間だけが余る。あまりに暇すぎて読みはじめちゃったんですよね、保管庫の書物を」

 元々頭の回転が早かったその人は、登城して僅か数年で瞬く間に"知識"を手に入れた。

「今の図書館の仕組みを作ったのもその人。あまり公には知られていませんけど」

「なるほど。そこから知識の素晴らしさを普及し、その功績が認められて伯爵家になったわけね!」

 ポンと手を打ったシルヴィアだったが。

「いえ、クビになったそうです」

 違いますよーとベルは即座に否定する。

「クビ?」

「ええ、クビ。つまり役職を解雇されました」

 職務怠慢で、とベルはカラカラと笑い飛ばし、

「読書にのめり込み過ぎたんですよ。過集中ってやつですね」

 先代ストラル伯爵が莫大な借金を作って領地が壊滅的だったのをお忘れですか? と肩を竦めた。

「ストラル家の人間の特性といえばいいのでしょうか? コレ、って目標定めちゃうとついうっかり熱中しすぎちゃうんですよねー。それこそ、寝食忘れるレベルで」

 確かに伯爵は小さな事から大きな事まで常に何かを突き詰めるように研究にのめり込んでいる。
 そこにあるのは飽くなき"探究心"で。
 その結果として有用なモノが製品化されているに過ぎないのかもしれない、とシルヴィアは納得する。

「王城勤めもなくなったしってことで領地に引きこもってたみたいです。伯爵位を賜ったのはそれからだと聞いています」

「……どうやって?」

 王城で勤めながら国を発展させられる功績をあげたのなら陞爵の可能性もあるだろう。
 だが、領地をただ治めただけで賜われるほど"伯爵"の名は安くない。
 王都から遠く、目も向けられないような片田舎の小さな領地なら尚更。

「ずば抜けて、頭が良かったのだそうです。他国で蔓延した疫病がこの国で流行するのを未然に防いでしまえるほどに」

「……っ!?」

 それは表には出てこない、歴史に埋没した話。
 随分昔、近隣諸国で大規模な疫病が流行り多くの人が亡くなった。
 だが、この国でそれは流行らなかった。
 それは王家が遥か昔契約した気まぐれな魔女から受けた"加護"のおかげだなんて言われているけれど。
 実際のところはわからず仕舞いで。
 ただこの国にまつわる謎の一つとして片付けられてしまっているそれにストラル家の人間が関わっているらしい。

「王城勤めをしていた頃に関わりのあった人物が、愚痴とともに藁にも縋る思いで領地まで尋ねてきて聞いたみたいです。読み漁った書物の中に解決方法はなかったか、と」

「変な聞き方ね。保管されている書物に記載されてある程度のことなら、別にストラル子爵に尋ねるまでもなかったはず……で」

 自分で言って気づいたようにシルヴィアの顔色が変わる。

「探すより、聞いたほうが早かった、ってこと?」

「ええ、当時はありませんでしたから。図書管理システムなんて」

 今では当たり前になっている図書保管貸し出しシステム。だが、当時はそんなモノなかった。
 彼が作り出したのだ。
 膨大な量の書物を全て読み尽くし、それを分かりやすく分類・整理し、すぐさま必要な知識を取り出せるシステムを。
 それも、たった一人で。
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