公爵令嬢の婚活事情〜王太子妃になりたくないので、好きな人と契約結婚はじめました〜
「……ベルや伯爵もこうなるの?」

「いいえ、なった事ないですね。私もお兄様も」

 本当にストラル家の血を引いているのか怪しい自分はともかく、ベルが知る限り兄もこの症状で倒れたことはない。
 確かに兄も熱中しすぎてしまうことはあるが自制できないほどではないし、何よりもう一つの症状に当てはまらない。
 少しだけホッとしたような表情を浮かべたシルヴィアを解放したベルは、

「この話には続きがあります」

 そう言ってハルの濡れタオルを交換した。

「続き?」

 首を傾げるシルヴィアに、

「非常に優秀である代償、なのですかね。過集中後オーバーヒートを起こす他、程度の差はあれど感情の起伏が少ない、という特徴があるようです」

 ベルはもう一つの症状を明かす。

「どういう、こと?」

「ハル、いつも笑っているでしょう? その方が楽なんですって。他の表情を作るよりも」

 笑っていれば余計な詮索もされないし、不要な争いを避けられるから。
 ハルがいつも笑顔でいる理由はそれで。
 
「やろうと思えばできてしまうから。ハルは、色んなものへの執着心が薄くて。基本的に家族以外の人間に興味がないんです。有体に言えば家族に害が及ばないなら"どうでもいい"。自分が傷つくことさえも」

 そう言われて、シルヴィアはハルが今まで繰り返して来た"お付き合い"を思い浮かべる。
 ハルの目的は角を立てずに交際を終わらせることで。
 いつも、相手から手ひどく振られるように仕向けていて。
 平手打ちされても、ケロリとしている。
 シルヴィアはそんな姿を見て、心が苦しくなった。
 ハルが初めから自分が傷つくことを計算にいれているのが、悲しくて。

「だけど、本当は怖くて怯えているだけなんじゃないかな、って思うんです。共感性が乏しいと自覚しているから、相手の心を無意識に無自覚に踏み潰してしまうんじゃないか、って」

 傷つくことは平気でも、傷つけることは苦手で。
 自分の感情にすら鈍いハルは、同等以上の好意という感情の見返りを求める相手と深い関係性を築けない。
 だから争いを好まないハルはそうやって独りを選ぶのだ。
 誰かに深い傷を負わせることがないように、と。

「熱を出してタガが外れた時くらいしか甘えられない。いじらしくて、愛らしいでしょう? 私の弟は」

 ベルは眠っているハルの頭をそっと撫で、

「ハルは素顔を晒すのが苦手な子です。その上非常に面倒臭くて頑なで。だけど、私の大事な弟なのです。……それでも、愛してくれますか?」

 そう言って言葉を締め括った。
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