公爵令嬢の婚活事情〜王太子妃になりたくないので、好きな人と契約結婚はじめました〜
ベルが帰った後も熱が引かず時折り苦しそうな表情を浮かべるハルを前に、どうすればいいんだろう、とただオロオロと狼狽えることしかできないシルヴィアは、自分の無力さ加減に俯く。
「何をそんなに悩んでいるの?」
熱を出すほど、と聞いたところで答えは返ってこない。
「ごめん、なさい。無理、させて」
自分が間借りしている部屋とリビングを挟んで向こう側にあるこのハルの自室。
深夜をとっくに回ったあとに、結構な頻度で灯りがついていることには気づいていた。
おやすみをしてそれぞれの部屋に入る時は一度明かりが消えるのに、夜中に目覚めれば必ずといっていいほどついている光。
ルキが仕事をセーブし出すより前、大きな案件を抱えた時は屋敷に戻らない日もあった。
だから、外交省の忙しさは知っている。
知っていて、止めなかった。
シルヴィアの一人になる時間がなるべく少なくなるようにと、早く帰って来てくれるハルの気遣いが嬉しくて。
仕事やハルの生活を優先する約束なのだから気にしないで、と本当は言わなければいけなかったのに。
「……寒い」
「ハルさん!?」
起きたの? と声をかけたけれど返事はなく。
うっすらとアクアマリンの瞳が開く。
「……ハル、さん?」
いつもみたいに笑っていないその顔はどこか悲しげで。
「僕、また間違った?」
消えそうな声でそう尋ねる。
「えっ?」
「謝ら……ない、で」
虚なアクアマリンの瞳はシルヴィアの方を見て、
「手放して、いいんだよ」
とだけ告げて再び閉じられた。
「ハル……さん」
ハルはきっと自分に話しかけたわけではないと思う。
だけど。
『本当は怖くて怯えているだけなんじゃないかな、って思うんです』
ベルが言っていたそれにはシルヴィアも覚えがあって。
シルヴィアはそっとハルに手を伸ばし優しく頭を撫でる。
「バカね。ひとりが平気なんて、あるわけないじゃない」
ベルが来てくれる前の公爵家のお屋敷は、広くてとても寂しかった。
家に帰って来ず、職場にしか居場所がないかのように仕事に全振りのルキと。
自分に見向きもしない父。
公爵邸には沢山の人が常にいたし、使用人たちも気遣ってはくれたけど。
やっぱり、それでも寂しくて。
今、ルキがいてベルがいて。可愛い甥っ子までできて。
沢山の愛情を注いでもらって。
幸せ、で。
だというのに、それでも時折ひとりぼっちで寂しいと膝を抱えていた子どもの自分顔を覗かせる。
きっと、あの時感じた気持ちが完全に癒えたわけではない。
自分だってそうなのだ。
自分の感情にすら鈍いというのなら、ハルは子どもの頃傷ついた自分をそのままにしていて、自分が辛さを抱えていることにすら気づいていないのかもしれない。
「手放してなんか、あげないわ」
ハルは大人だ。自分より、ずっと。
だけど、もしもハルが近づくことを許してくれるなら。
「私も、ハルさんのこと目一杯甘やかしてあげたいな。ハルさんがそうしてくれたみたいに」
そして叶うなら、無理に表情を作らなくても笑っていられるように、ハルにとっての"楽しい"を増やしたい。
「"ごめんなさい"より、これからは"ありがとう"にするわ」
まずはそこから変えていこう。
「いつも、私のことを気遣ってくれてありがとう。ハルさん」
そう言ってハルの手を取ると少しだけ表情が和らいだ気がした。
「何をそんなに悩んでいるの?」
熱を出すほど、と聞いたところで答えは返ってこない。
「ごめん、なさい。無理、させて」
自分が間借りしている部屋とリビングを挟んで向こう側にあるこのハルの自室。
深夜をとっくに回ったあとに、結構な頻度で灯りがついていることには気づいていた。
おやすみをしてそれぞれの部屋に入る時は一度明かりが消えるのに、夜中に目覚めれば必ずといっていいほどついている光。
ルキが仕事をセーブし出すより前、大きな案件を抱えた時は屋敷に戻らない日もあった。
だから、外交省の忙しさは知っている。
知っていて、止めなかった。
シルヴィアの一人になる時間がなるべく少なくなるようにと、早く帰って来てくれるハルの気遣いが嬉しくて。
仕事やハルの生活を優先する約束なのだから気にしないで、と本当は言わなければいけなかったのに。
「……寒い」
「ハルさん!?」
起きたの? と声をかけたけれど返事はなく。
うっすらとアクアマリンの瞳が開く。
「……ハル、さん?」
いつもみたいに笑っていないその顔はどこか悲しげで。
「僕、また間違った?」
消えそうな声でそう尋ねる。
「えっ?」
「謝ら……ない、で」
虚なアクアマリンの瞳はシルヴィアの方を見て、
「手放して、いいんだよ」
とだけ告げて再び閉じられた。
「ハル……さん」
ハルはきっと自分に話しかけたわけではないと思う。
だけど。
『本当は怖くて怯えているだけなんじゃないかな、って思うんです』
ベルが言っていたそれにはシルヴィアも覚えがあって。
シルヴィアはそっとハルに手を伸ばし優しく頭を撫でる。
「バカね。ひとりが平気なんて、あるわけないじゃない」
ベルが来てくれる前の公爵家のお屋敷は、広くてとても寂しかった。
家に帰って来ず、職場にしか居場所がないかのように仕事に全振りのルキと。
自分に見向きもしない父。
公爵邸には沢山の人が常にいたし、使用人たちも気遣ってはくれたけど。
やっぱり、それでも寂しくて。
今、ルキがいてベルがいて。可愛い甥っ子までできて。
沢山の愛情を注いでもらって。
幸せ、で。
だというのに、それでも時折ひとりぼっちで寂しいと膝を抱えていた子どもの自分顔を覗かせる。
きっと、あの時感じた気持ちが完全に癒えたわけではない。
自分だってそうなのだ。
自分の感情にすら鈍いというのなら、ハルは子どもの頃傷ついた自分をそのままにしていて、自分が辛さを抱えていることにすら気づいていないのかもしれない。
「手放してなんか、あげないわ」
ハルは大人だ。自分より、ずっと。
だけど、もしもハルが近づくことを許してくれるなら。
「私も、ハルさんのこと目一杯甘やかしてあげたいな。ハルさんがそうしてくれたみたいに」
そして叶うなら、無理に表情を作らなくても笑っていられるように、ハルにとっての"楽しい"を増やしたい。
「"ごめんなさい"より、これからは"ありがとう"にするわ」
まずはそこから変えていこう。
「いつも、私のことを気遣ってくれてありがとう。ハルさん」
そう言ってハルの手を取ると少しだけ表情が和らいだ気がした。