公爵令嬢の婚活事情〜王太子妃になりたくないので、好きな人と契約結婚はじめました〜
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 熱を出すといつも見る夢がある。
 だから、これが夢だとすぐにハルは理解した。
 雨の音と後悔したような泣き声が混ざる。

『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』

 その人は、いつもそう言って姿の見えない誰かに謝っていた。
 
『ごめん、ね。ハル』

 ヒヤリと額に冷たいタオルが乗る。
 また自分はいけないことをしてしまったらしいということを、ハルは動きが遅くなった頭で理解する。
 雇い主の不当な搾取と脱税を暴いたら、正当な手当がもらえて生活が楽になるんじゃないか、なんて思っていたけれど。
 弱い人間が歯向かうとただ職を失うという結果になることは知らなかった。
 失敗したなぁ、なんて思っていたハルの耳に、

『……せめて、ハルが普通の子だったら』

 そんな嘆きが響く。
 これだけ彼女が泣いているのに、まったく心が傷まない自分はやはり普通ではないのだろう。
 可哀想に、とどこか他人事のようにぼんやり考えながら思っていた。
 一体誰に何を謝っているのだろう、と。
 ハルがその答えを知るのは、それから1年後。
 容姿のよく似た兄と名乗るその人がベルと自分の前に現れた時だった。
 兄と会った瞬間、全部を理解した。
 自分は生まれてくるべきではなかった、と。

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 意識がゆっくり浮上する。
 熱を出したのなんて久しぶりだ、と思いながら気怠さに引っ張られて目を開けるのが億劫になる。
 だが、目を瞑ったままでいると夢の片鱗が頭を掠め、後悔と罪悪感の混ざった声が耳の奥で響く。
 顔の見えないあの人は、何度も何度も繰り返し誰かに謝る。
 その度にハルは思う。
 きっと、ベルが大好きだったあの人を弱らせてベルから取り上げてしまったのは自分なのだろう、と。
 今更、だ。
 どれだけ演算し直しても、彼女はもうこの世にいない。
 失敗のやり直しなど、できないのだ。
 気落ちした自分を宥めることすら面倒で。

「……もう、いいや。休んでもいいって言われてるし、連絡だけ入れてもうひと眠り」

 早々に体調不良で休暇を取ることに決め、ゴロンと布団に包まろうとする。
 が、何故か布団に抵抗され思う通りに動かない。

「……?」

 仕方なく少しだけ身体を起こして視線を流せば、プラチナブロンドの髪が目に入った。
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