公爵令嬢の婚活事情〜王太子妃になりたくないので、好きな人と契約結婚はじめました〜
 ハルの目に映ったのはベッドの隅っこですやすや眠るシルヴィアの姿で。
 驚くと同時に何故シルヴィアがここに? と疑問が浮かび、契約結婚ごっこの真っ最中だったと思い出す。
 が、やはりシルヴィアが自分の部屋にいる経緯が分からない。
 彼女は約束を破るタイプではないので、おそらくこれは不可抗力……なのだろうけど。

「ダメだ、全っ然思い出せないんだけど」

 シルヴィアとお茶をしに行ったあたりまでは思い出せるが、正直その後は覚えていない。
 小さなテーブルの上には水桶やタオルなどが置かれていて。
 看病してくれたのだ、と理解する。
 だとしても、さすがにこのままここで寝かせるのは、と働かない頭でそう思いシルヴィアを起こそうと手を伸ばしたところで。

「ふふっ……ハルさん……見て見て! すっごくおっきなパンケーキっ!」

 絵本みたい、とはっきり話す。
 が、起きる気配はない。

「ははっ、どんな夢を見てるんだか」

 起こそうとした手をそのままシルヴィアに伸ばし、ハルは優しく彼女の頭を撫でる。
 するとシルヴィアは無防備に幸せそうに笑った。

「ふふ、ハル、さん。みてー……みて」

 シルヴィアのキラキラと輝くサファイアの瞳が閉じられているのを残念に思いながら、ハルはシルヴィアをじっと見つめる。
 本当に絵本のようなパンケーキがあったら、シルヴィアは目を輝かせて楽しげに笑い、自分の手をとってはしゃぐのだろうとその姿を想像し、ハルはクスリと笑う。

「……うん、僕も。それ……見たい、なぁ」

 もし、幸せを集めてヒトの形にしたらそれはシルヴィアになるのではないだろうか?
 そう思うくらい、彼女の側は温かくて。
 陽だまりの中にいるみたいに、眠くなる。

「次、目が覚めたら」

 一緒にパンケーキを作ってみようかな、とうとうとしながらハルは思う。
 絵本みたいに大きくて、ふわふわで。
 シルヴィアの好きなホイップクリームとイチゴを添えて。
 彼女がそれを満面の笑みで頬張っているのを見られたら。

「それってすっごく……幸せ、かも」

 しれないな、とつぶやいたところでハルは再び夢の中に落ちる。
 だけど今度はいつも見る苦しい夢ではないだろう。
 何故かそんな予感がした。
< 74 / 83 >

この作品をシェア

pagetop