公爵令嬢の婚活事情〜王太子妃になりたくないので、好きな人と契約結婚はじめました〜
「頼まれなくてもそのつもりです。で、いくつかご質問をしても?」

「答えられることなら」

「近年このエリアだけ、随分支援しているみたいですね。公爵領の被災エリアからかなり距離があるのに」

 トンっとハルが示したのは広大な公爵領の中でも領都から少し離れ、王都からも距離のあるエリア。
 元は静かで小さな街でしかなかったそこにはここ数年様々な投資がされている。

「ああ、そこは……ディオール。旧フィール領だよ」

 一度言葉を澱ませ、ルキは地図を広げる。
 フィールという家名には聞き覚えがあった。

『お母様の生家なの。フィール子爵家はもうないけど』

 潰れちゃったの、私達家族のせいで。と淡々と話す13歳のシルヴィアは。

『もし、お母様が公爵家に嫁がなかったらここはもっと暮らしやすいところになっていたのかしら?』

 ぎゅっと拳を握りしめ、自分の無関心さを悔いていた。

「なるほど、理解しました」

 シルヴィアは悔いただけで終わらせる子ではない。
 近年ブルーノ公爵領の孤児院出身者の就職率は高く、引くて数多だ。その理由は子ども達に対する教育支援にある。
 そのモデル事業を立ち上げたのはシルヴィアで、事業の展開場所は旧フィール領跡地であるディオール。
 教育支援を軸に人材育成を施すと同時にここが交易拠点の一つとなるように公共事業の投資を行い、他領からのアクセスの利便性をあげた。
 モノ、ヒト、カネの経由地になるよう都市デザインを設計し、強気の事業展開を行った結果彼女の思惑通り第二の領都として成長を遂げつつある。

「末席とはいえ、公爵家に連なる子爵家が領地として管理していた場所だ。元々立地条件も悪くはなかったし、発展させる余地はいくらでもあったんだけど」

 だが、介入できなかった。
 領民がそれを許さなかったのだ。

「フィール子爵夫妻もルキ様たちのお母様も随分領民たちに慕われていたんですね」

「そうだね。領民との距離の近さでいったらストラル伯爵領に似ているかもしれない」
 
 領民達に愛されていた子爵令嬢が本家の次期当主に見初められ、公爵夫人として嫁ぐ。
 そのシンデレラストーリーを誰もが祝福したのだろう。
 それからわずか10年あまりで彼女は帰らぬ人となった。心労がたたり、フィール子爵夫妻も相次いで亡くなった。
 起きてしまった出来事に、もしもを語ることは無意味で。
 ブルーノ公爵領に属している以上、非難する声も上げられず。
 ただ、悲しさだけが領民の心の中に引っかかりひっそりといつまでも残っていた。
 だからこそ領民から向けられる不信の目は根深くて。
 子爵領が公爵領に吸収され恩恵を受けられるようになっても両者の溝が埋められず、それ以上街は発展しなかった。
 それをシルヴィアが変えたのだ。
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