後悔
今の店をやめるまであと2日に迫った。
特に変わりなくケンジさんはいつも通りだ。

ケンジさんは、この店を辞めることも独立することもいつもご指名のお客さんにわざわざ言わなかった。

指名して来てくれている人には辞めることくらい言った方がいいんじゃないかと言っても、いいんだよと言うだけでやっぱり言う気配は無かった。
それでも誰から聞いたのか、辞めるんだって?や、店出すんだって?と聞かれることはしばしばだ。
聞かれれば嘘をつく必要はなく、肯定はするが宣伝に繋がるようなことは自分からは言わないでいるみたいだ。

お客さんがちゃんとつく自信があるんだろう。
ケンジさんの仕事ぶりを見ていると私も不安を感じなかった。

そんなことを何となく考えながら一日の仕事が終わった。


「これから、新しいお店行きますか?」

「…今日はやめとくか。家まで送るわ。」


ケンジさんがそう言うから、大人しく家まで送ってもらい、車から降りようとした時。


「そうだ。3日後に一緒に働くやつと顔合わせするからな!」

「あっ、え?!わ、わかりました。」

「緊張するような奴じゃねぇから安心しろよ。」


3日後はお店を辞めた次の日だ。
そっか。一緒に働く人、もう1人いるんだ。
どんな人なんだろう。もうはや緊張していた。
私は人間関係を一から築くのは苦手だ。
どんな雰囲気の人なのか、第一印象で苦手かどうかが決まりやすい私。
会話が出来れば友達になれるのかもしれないけど、人見知りな私には不安な時間だ。
今度から一緒に働く人の性別も歳も1つも聞かなかった。気になりながらも。
正直、憂鬱だった。

しかし、そんな気持ちをよそに3日はすぐに過ぎ、その日を迎えた。

前日、退職を迎えた店のみんなが、ケンジさんとついでに私の送別会を開いてくれて帰りは夜中の2時。
今日はケンジさんが昼頃迎えに来てくれる約束になっている。
ケンジさん、起きれただろうか。

だけど、心配はよそに約束通りきてくれたのだった。
意外とこう言うところはきっちりしてる。


「おはようございます。」

「おう!おはよう!」


この後の対面を考えて緊張する。
いつも通り、笑って挨拶さえすれば大丈夫…大丈夫。


「お前、意外と人見知りだもんなぁ。
緊張してんだろ?」

「へっ?」

「…大丈夫だぞ。来るのもう少し後だし、気使わなくていい奴だし。ちゃんとうまくやれる。」


少しサプライズでもするかのようにケンジさんはワクワクしているように見えた。
自慢じゃないけど、愛想だけはいい私は人見知りだと見破られたことはない。
なんで分かるんだろうか。


「…だといいんですけど。」


ボソッと答えた私の声が聞こえたかどうか分からないが、ケンジさんは次にこう言った。


「俺が言うんだから間違いないだろ?大丈夫だ。」


なんか、そうかってすんなりと思った。


「その前に、アカリに良いもん見せてやるよ。」
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