冷酷元カレ救急医は契約婚という名の激愛で囲い込む
 焼き肉屋での食事を終えた拓也は、そのまま自分の車に香苗を乗せて彼女のマンションを訪れた。

「ごめんね。すぐに用意するから」

 寝室と思われる部屋に入り、バタバタと慌ただしく荷造りをする音が聞こえる。

「ゆっくり準備してくれ」

 リビングで準備を待つ拓也は、そう声をかけて室内を見渡す。
 香苗がひとり暮らしをするマンションは、閑静な住宅地にあり、セキュリティもしっかりしている。
 聞けば、彼女の父親が、一人暮らしを許す条件として選んだマンションとのことだ。
 1LDKの室内はきちんと整頓されている。
 それでいて殺風景な印象を与えないのは、棚の空いたスペースに北欧調の可愛い小物が幾つも置かれているからだろう。

(高校の頃から、こういった感じの置物が好きだったよな)

 素焼きのうさぎの置物の鼻を指先でつつく。
 昔、香苗の誕生日プレゼントに、これによく似たうさぎの飾りがついた写真立てをプレゼントしたことがある。
 周囲に視線を巡らしても、当然だが、昔自分が贈った写真立てはない。
 誕生日プレゼントになにがほしいか聞いた拓也に、香苗は、うさぎが可愛いからと雑貨屋で見付けたその写真立てをリクエストしてきたので贈ったのだ。
 あの時の香苗は、拓也を気遣って安い品をリクエストしただけだったから、別れた時に捨てたのだろう。
 先ほどの会話でさりげなく『昔、心から愛した女性にフラれて以降、俺に恋人はいない』と、遠回しに彼女への思いを伝えてみたが反応は鈍かった。
 とういか、微かに眉間に皺を寄せる態度には、未練がましい自分を嫌悪しているようにさえ感じられた。
 それでもそれが隠しようのない事実なのだから仕方ないではないか。
 自分が愛しているのは香苗だけなのだ。

「それに……」

 拓也は窓に歩み寄り、カーテンの隙間から窓の外を見た。
 日はとっくに沈み、窓の外は夜の闇に染まっているので、人の姿を確認することはできない。
 それでもあの日、香苗に迫っていた水守という男の表情を思い出すと、自分の対応が過剰過ぎるということはないだろう。
 香苗を守りたいという一心で、自分のマンションで暮らすよう提案した。
 躊躇う彼女を説得する中で、勢い結婚を提案したのは、香苗を他の誰かに取られるのが怖かったからだ。
 隆司に香苗がモテると聞かされるまでもなく、彼女を見ればライバルが多いことはわかる。
 その事実に焦って、再会した彼女と今度こそ対等な関係を築いた上でプロポーズしようという当初の目的を見失い、なりふり構わず契約結婚を提案していた。
 そんな自分を情けなく思うのだけど、香苗が自分との契約結婚を承諾してくれたのなら、そのチャンスを逃すつもりはない。
 香苗としては言い寄ってくる男の虫除けにちょうどいいと思っただけなのかもしてないが、それでもいい。
 拓也にとって大事なのは、自分が彼女のそばに居続けるということなのだから。
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