冷酷元カレ救急医は契約婚という名の激愛で囲い込む
朝食を終え、片付けをした香苗がリビングに入ると、拓也がソファーテーブルに一枚の紙を広げた。
「これにサインをしてもらいたい」
見ると、それは婚姻届だった。
十代の頃は拓也の名前の隣に自分の名前を書くのを夢見ていたのに、いざそれを目の前にすると、戸惑いの方が強い。
彼がそんなものを取り出しただけでのかなり驚いたのに、婚姻届には、拓也の名前だけでなく、新婦の側も含めて保証人の記入までされている。
「俺の名前を始め、必要な記入は澄んでいる」
だから後は、香苗の名前を書くだけでいいと、拓也は婚姻届の上に万年筆を置く。
「拓也さんは、本当に私と結婚するつもりなの?」
今さらなのだけど、そう聞かずにはいられない。
それなのに彼は、たいした問題ではないといった口調で返す。
「十年も前に別れた君と、再会したのもなにかの縁だ。お互いの面倒ごとから解放されるためにも、これが一番いんじゃないのか?」
確かにそうなのだろう。
結婚すれば、お互いに面倒な縁談から解放されるうえに、香苗のストーカー対策にもなる。
それなのに、なかなか万年筆を持とうとしない香苗を見かねたのか、拓也が宥めるように言う。
「別にそれにサインしたからと言って、今さら俺を愛する必要はないし、君に妻としての役割を求めるつもりもない」
淡々とした拓也の言葉が、香苗の心を冷やす。
そんなこと言われなくても、香苗は彼に自分以外の愛する女性がいることを知っている。
彼が香苗を契約結婚の相手に選んだのは、別れを切り出した側である香苗が、今さら彼を好きなったりするはずがないと思っているからだろう。
もちろん香苗は彼のことを愛しているし、彼と結婚したいと願っていた。
でもいざ婚姻届を前にすると、拓也に他に愛する女性がいるのに、自分なんかと結婚してもいいのだろうかという躊躇いが生まれる。
(ふたりがどうして別れちゃったのかはわからないけど、やり直すことはできないのかな?)
拓也より素晴らしい男性なんて、世界中のどこを探したって見つかりっこない。
本気でそう思っている香苗としては、感情の行き違いで別れたとしても、どうにかして彼が別れた恋人とやり直すことができないだろうかと悩む。
香苗としては、拓也と結婚したいと思うのと同じくらい、彼には世界一幸せになってほしいと願っている。
そのためには拓也は、昔の恋人である香苗と契約結婚するのではなく、心から愛する女性と結婚してほしい。
もし昔の恋人とやり直すことができるのなら、愛のない契約結婚とはいえ、拓也が香苗と結婚していたら相手の女性を傷付けることになる。
でもここで断れば、彼は他の女性と契約結婚をするかもしれない。
「わかりました」
テーブルに視線を落としあれこれ考えを巡らせた香苗は、覚悟を決めて万年筆を手に取った。
「どちらの苗字を名乗るかは、君が決めていい」
婚姻届に自分の名前を書き込む香苗に、拓也が続ける。
「俺より君の方が背負うものが多いのはわかっている。だから、そうすることで君の迷惑にならないのなら、俺が香苗の苗字を名乗る形で構わない」
香苗はその声を聞き流し、婚姻届の『夫の氏』の方に印を付けると、それを彼に差し出して言う。
「私があなたに嫁ぎます。ただ一つだけ条件があります」
「条件?」
それはなんだと、拓也が視線で問い掛ける。
「これを提出するのは、少しだけ待ってください」
香苗の言葉に、拓也の瞳に動揺の色が浮かぶが、香苗はそれには気付かないフリで続ける。
「さすがに親になにも言わずに結婚するわけにはいかないし、苗字が変わるなら、上司にもタイミングの相談をさせてください」
「なるほど」
その意見はもっともだと、拓也が頷く。
本音を言えば職場に関しては、今の苗字で通しても構わない。先輩方には、そうしている人も多い。
それでもあれこれ理由をつけて婚姻届を出すのを先送りにしてしまうのは、籍を入れた後で彼に後悔してほしくないからだ。
「わかった」
返された婚姻届けを丁寧に畳み、拓也は香苗に視線を向ける。
「その代わりに、俺も一つ条件を出してもいいか?」
「はい」
どんなことでもどうぞと視線を向けると、拓也が香苗の左手を取り、視線の高さに持ち上げる。
そしてそのまま香苗の手の甲に唇を触れさせる。
「拓也さんっ!」
薬指の付け根に彼の温度を感じて、香苗は赤面して声を跳ねさせた。
続く言葉を見付けられず口をパクパクさせる香苗の反応には知らん顔で、拓也は彼女の左手薬指を撫でて言う。
「この後ふたりで結婚指輪を買いに行こう。婚姻届を提出していなくても、君はもう俺の妻だ。そのことを忘れないでくれ」
こちらを見る彼の眼差しに強い情熱のようなものを感じて、香苗はドキドキしながら頷いた。
「これにサインをしてもらいたい」
見ると、それは婚姻届だった。
十代の頃は拓也の名前の隣に自分の名前を書くのを夢見ていたのに、いざそれを目の前にすると、戸惑いの方が強い。
彼がそんなものを取り出しただけでのかなり驚いたのに、婚姻届には、拓也の名前だけでなく、新婦の側も含めて保証人の記入までされている。
「俺の名前を始め、必要な記入は澄んでいる」
だから後は、香苗の名前を書くだけでいいと、拓也は婚姻届の上に万年筆を置く。
「拓也さんは、本当に私と結婚するつもりなの?」
今さらなのだけど、そう聞かずにはいられない。
それなのに彼は、たいした問題ではないといった口調で返す。
「十年も前に別れた君と、再会したのもなにかの縁だ。お互いの面倒ごとから解放されるためにも、これが一番いんじゃないのか?」
確かにそうなのだろう。
結婚すれば、お互いに面倒な縁談から解放されるうえに、香苗のストーカー対策にもなる。
それなのに、なかなか万年筆を持とうとしない香苗を見かねたのか、拓也が宥めるように言う。
「別にそれにサインしたからと言って、今さら俺を愛する必要はないし、君に妻としての役割を求めるつもりもない」
淡々とした拓也の言葉が、香苗の心を冷やす。
そんなこと言われなくても、香苗は彼に自分以外の愛する女性がいることを知っている。
彼が香苗を契約結婚の相手に選んだのは、別れを切り出した側である香苗が、今さら彼を好きなったりするはずがないと思っているからだろう。
もちろん香苗は彼のことを愛しているし、彼と結婚したいと願っていた。
でもいざ婚姻届を前にすると、拓也に他に愛する女性がいるのに、自分なんかと結婚してもいいのだろうかという躊躇いが生まれる。
(ふたりがどうして別れちゃったのかはわからないけど、やり直すことはできないのかな?)
拓也より素晴らしい男性なんて、世界中のどこを探したって見つかりっこない。
本気でそう思っている香苗としては、感情の行き違いで別れたとしても、どうにかして彼が別れた恋人とやり直すことができないだろうかと悩む。
香苗としては、拓也と結婚したいと思うのと同じくらい、彼には世界一幸せになってほしいと願っている。
そのためには拓也は、昔の恋人である香苗と契約結婚するのではなく、心から愛する女性と結婚してほしい。
もし昔の恋人とやり直すことができるのなら、愛のない契約結婚とはいえ、拓也が香苗と結婚していたら相手の女性を傷付けることになる。
でもここで断れば、彼は他の女性と契約結婚をするかもしれない。
「わかりました」
テーブルに視線を落としあれこれ考えを巡らせた香苗は、覚悟を決めて万年筆を手に取った。
「どちらの苗字を名乗るかは、君が決めていい」
婚姻届に自分の名前を書き込む香苗に、拓也が続ける。
「俺より君の方が背負うものが多いのはわかっている。だから、そうすることで君の迷惑にならないのなら、俺が香苗の苗字を名乗る形で構わない」
香苗はその声を聞き流し、婚姻届の『夫の氏』の方に印を付けると、それを彼に差し出して言う。
「私があなたに嫁ぎます。ただ一つだけ条件があります」
「条件?」
それはなんだと、拓也が視線で問い掛ける。
「これを提出するのは、少しだけ待ってください」
香苗の言葉に、拓也の瞳に動揺の色が浮かぶが、香苗はそれには気付かないフリで続ける。
「さすがに親になにも言わずに結婚するわけにはいかないし、苗字が変わるなら、上司にもタイミングの相談をさせてください」
「なるほど」
その意見はもっともだと、拓也が頷く。
本音を言えば職場に関しては、今の苗字で通しても構わない。先輩方には、そうしている人も多い。
それでもあれこれ理由をつけて婚姻届を出すのを先送りにしてしまうのは、籍を入れた後で彼に後悔してほしくないからだ。
「わかった」
返された婚姻届けを丁寧に畳み、拓也は香苗に視線を向ける。
「その代わりに、俺も一つ条件を出してもいいか?」
「はい」
どんなことでもどうぞと視線を向けると、拓也が香苗の左手を取り、視線の高さに持ち上げる。
そしてそのまま香苗の手の甲に唇を触れさせる。
「拓也さんっ!」
薬指の付け根に彼の温度を感じて、香苗は赤面して声を跳ねさせた。
続く言葉を見付けられず口をパクパクさせる香苗の反応には知らん顔で、拓也は彼女の左手薬指を撫でて言う。
「この後ふたりで結婚指輪を買いに行こう。婚姻届を提出していなくても、君はもう俺の妻だ。そのことを忘れないでくれ」
こちらを見る彼の眼差しに強い情熱のようなものを感じて、香苗はドキドキしながら頷いた。