冷酷元カレ救急医は契約婚という名の激愛で囲い込む

9・夫婦の未来に

 翌週、香苗は拓也と共に都内のレストランを訪れていた。
 目的は香苗の両親に、ふたりの結婚の意思を告げるためである。
 九重総合医療センターの院長を務める香苗の父は多忙だが、香苗が結婚したい人を紹介したいと話したらスケジュールを調整して夫婦で会いにきてくれた。
 当初は、香苗と拓也が挨拶に赴くつもりでいたのだけど、それだとふたりのシフトの都合で七月になってしまう。
 これまで結婚など考えていないと、どんな良縁も突っぱねていた香苗が急に結婚すると言いだしたこともあり、香苗の母が父を急かしたのだという。
 とはいえ、香苗はそのために千春にシフトを変わってもらう必要はあったのだが。
 そうやって顔を合わせた香苗の父である九重哲司(ここのえ てつじ)は、拓也の顔を見て最初かなり驚いていた。
 香苗は、今の拓也が医師であること、医療系の講座を介して偶然再会して改めて付き合うことになり、結婚の意思を固めたと両親に説明した。
 おっとりとした性格である母の美乃利(みのり)にいたっては、もとから親として娘に結婚してほしいと望んでいるだけなので、拓也が香苗をストーカーから守ろうとしてくれた話しを聞くと、恋愛ドラマのあらすじでも聞いたかのように目を輝かせ、ふたりの結婚を後押ししてくれた。
 ひととおりの香苗の話しが終わると、拓也は背筋を伸ばし膝に手を載せて、香苗の両親を見た。

「学生時代、お父さんが私たちの交際を反対したのは、親として香苗さんの幸せを願ってのことと理解しております。あの頃の私たちの置かれている状況を考えれば当然のことと思います」

 そこで一度言葉を切った拓也は、深く頭を下げた。そして顔を上げ、哲司を真っ直ぐに見詰めて続ける。

「だけどケガを克服し、一人前の社会人となった今、改めてプロポーズした私の思いに香苗さんが応えていただけるのであれば、この先の人生を共に歩むことを許していただければと思います」
「拓也さん……」

 学生時代、自分たちの交際を反対した哲司に不快感を示すことなく理解を示し、改めて自分たちの結婚を許してほしいと頭を下げる拓也の姿に香苗の胸が熱くなる。
 美乃利も、拓也の真摯な姿に感じるものがあったのだろう。低い位置で、小さく拍手をしている。
 だけど哲司は、美乃利ほど簡単にふたりの関係を認めるつもりはないらしく、険しい表情で拓也に問う。

「ウチの娘は九重総合医療センターのひとり娘だということを、矢崎君はどう考えている?」
「お父さん」
「あなた……」

 香苗だけでなく美乃利も、不躾に九重総合医療センターの今後を背負う覚悟があるのか確認する哲司の態度に抗議する。
 でも拓也は、もっともな質問だと言いたげな表情で返す。

「両親は私が幼い頃に離婚し、女手一つで育ててくれた母も他の男性と再婚しています。だから私が自分の苗字にこだわる必要はありませんので、私なんかでよければ、九重さんの苗字を名乗らせて頂ければと思います」
「それは将来的には第一線を退き、病院経営を任せて構わないという意味に受け取って問題ないのかな?」
「はい。そう思って頂いて構いません。香苗さんが私を選んだこと、九重院長がそれを許したこと、そのどちらも判断も間違っていなかったと人生をかけて証明してみせます」

 淀みない拓也の言葉に、哲司が鷹揚に頷き、「娘をよろしく頼む」と一礼した。
 ふたりの関係を認められた拓也は、安堵の表情を浮かべて、再度深く頭を下げる。
 その後は和やかな食事の時間が続いた。
 美乃利は拓也を娘婿として歓待し、哲司は医師として、拓也と気になった論文に関する意見交換を白熱させていた。
 哲司は時折、九重総合医療センターの医療体制や、設備についても触れて、拓也に意見を求めた。
 その回答は、香苗の父を満足させるものだったのだろう。
 会話を重ねるにつれて、哲司が彼に対する態度を柔らかくしていくのがわかる。
 本当なら、それは喜ぶべき状況なのだろうけど、香苗は和やかなそのやり取りに胸をざわつかせていた。
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