冷酷元カレ救急医は契約婚という名の激愛で囲い込む
「香苗、なにか俺に怒ってる?」

 その日の内に地元に戻るという両親を駅まで見送った帰り道、隣を歩く拓也の言葉に香苗は足を止めた。

「まさかっ!」

 彼に不満なんてなにひとつないのに、怒るはずがない。
 それなのに拓也は、納得できないといった表情を浮かべている。

「だけど俺が香苗のお父さんと話している間、なんだか浮かない顔をしていただろ」

 彼の言葉に、香苗は口を噤み視線をさまよわせた。
 でもすぐに黙っていることで彼を不安にさせてしまうことに気付き、自分の思いを彼に伝える。

「私の家の都合で、拓也さんのこの先の人生がどんどん決まっていくことが申し訳なくて」

 拓也は救命救急の第一線で働く立派な医師だ。
 そんな彼が九重総合医療センターの後継者になると名乗り出たことを、香苗の父は歓迎していた。香苗の母も、娘が好きな人と結婚できることを祝福してくれている。
 香苗だって、両親の祝福を受けて愛する人と結婚できることを嬉しく思う。
 だけど、本当にそれだけでいいのだろうか……。
 拓也がどれほどの情熱を持って、救命救急医としての職務にあたっているか理解しているつもりだ。
 それなのに香苗の父は、香苗と結婚するのであれば、拓也がこれまでの生き方を変えるのが当然だと考えている。
 その姿を目の当たりにして、今更ながらに、香苗と結婚することで彼の生き方を変えてしまってもいいのだろうかという疑問が胸に湧いた。
 だからといって、胸に湧く不安をそのまま言葉にして、再び彼を失うのも怖い。

「拓也さんが、私のために私の家と仲良くしようとしてくれているんだから、私も拓也さんのご家族にきちんとご挨拶をして、そのうえでこの先のことを決めていくべきじゃないかな?」

 昔拓也が香苗との別れを受け入れたのは、香苗が彼と対等な関係を築くのに時間が必要だと思ったからだと話してくれた。
 そして対等な関係を築いた上で、今度こそ香苗にプロポーズをしようと決めていたのだという。
 拓也がそんなふうに思っていてくれたのであれば、香苗も同じだけのものを彼に返したい。
 彼に生き方を変えさせ、自分ばかり家族に祝福されて結婚するようでは、対等な関係とは言えないと思う。
 香苗がそう話しても、拓也は軽く肩をすくめるだけだ。

「俺の家族のことは気にしなくていい。前にも話したとおり、母の再婚相手とは相性が悪くて、高校卒業後は交流も途絶えている」
「でも……」
「母には結婚の報告はしておく」

 拓也は浮かない顔をする香苗の肩に腕を回して、「そんなことより、俺の愛は返品不要だから覚悟しろよ」と陽気に言う
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