冷酷元カレ救急医は契約婚という名の激愛で囲い込む
 夢の中で、高校生の香苗は松葉杖をつく男子生徒に頭を下げていた。

「ごめん。私やっぱり、拓也君のことかが重いかも」

 恋人である矢崎拓也に、そう言って別れを切り出したのは、香苗が高校一年生の冬のことだった。
 顔を上げると、拓也は硬い表情で動きを止めていた。
 呼吸のしかたを忘れてしまったのではないかと心配になるほど微動なにしない彼に、香苗は言う。

「リハビリと勉強ばかりで、普通のデートができないから、拓也君と一緒にいても楽しくない。……もっと普通の恋愛がしたいなって思って。実はもう、他に気になる男子がいるの」

 とある事故で左脚を粉砕骨折した彼は、その事故から一年以上経った後も、受験勉強のかたわらリハビリを続けていた。
 塾に通う経済的な余裕のない彼は、独学で医大を目指さなくてはいけなかった。それだけても大変なことなのに、リハビリを続けるのがどれだけ大変なことか。
 それがわかっていて、香苗は文句を言う。
 だけどそれは、もちろん全て嘘だ。
 拓也と一緒にいられるだけで幸せなのだから、リハビリに付き合うことに不満なんかなかったし、彼以外の誰かを好きになるなんてあるはずがない。
 それでも香苗は、拓也に嫌われるために、必死に嘘を並べていく。自分と付き合っていることで、彼が苦しんでいると聞かされたから。
 でも本当は、彼が『別れたくない』と言ってくれることを願っていた。だけど、それは叶わなかったのだ。

「わかった」

 一瞬驚いた顔をした彼は、すぐに感情を整えて、笑顔で香苗の別れ話を受け入れたのだった。
 その姿に、香苗は自分の存在がどれほど彼の重荷になっていたのだと思い知らされた。
 だから自分の選択は間違っていない。
 そう納得しているはずなのに、夢を見る度に涙が止まらなくなる。
< 3 / 37 >

この作品をシェア

pagetop