冷酷元カレ救急医は契約婚という名の激愛で囲い込む
11・決別の覚悟
救急搬送から三日後、宏は一般病棟に移された。
その日が夜勤の勤務だった香苗は、拓也の許可を取って、出勤前に宏を見舞うことにした。
「迷惑かけた」
病室に顔を見せた香苗に、ベッドの上で上半身を起こす宏が言う。
拓也は勤務中だし、夫の様態が安定したため小百合は一度地元に戻っている。そのため、病室には香苗と宏のふたりしかいない。
「いえ。ご無事でよかったです」
そう応えて、香苗は必要になるかもしれないと思って買い足してきた下着と、暇つぶしになりそうな本をベッドテーブルに置く。
「見舞いは花や果物が定番なんじゃないのか?」
香苗が持ってきた品々を確認して宏が言う。
「感染症リスクを考えて、今はお見舞いのお花は控えていただいているんです。石倉さんの病状では、食べられるものに制限がありますから」
香苗はふじき総合病院に務めているわけではないが、花に関しては最近は何処の病院でも同じ対応を取っているはず。果物に関しても、今の彼に食べられるものは少なく、家族に持ち帰ってもらうにしても家が遠いので小百合の負担になる。
香苗の説明に宏が「決まり事をどんどん変えて付き合いきれん」と、息をはく。
そのもの言いは相変わらずぶっきらぼうでケンカ腰な感じがするが、先日、受診を勧めた拓也を叱りつけた時のような険はない。
「あんたは医者の娘だな」
渋面の宏が、ベッドテーブルに置かれた本をパラパラ捲りながら言う。
「はい」
立ったままの姿勢で香苗が言う。
その応えに、宏はまた不快息をはく。
「自分の親を偉いと思うか?」
「医師としては尊敬していますが、親としてはどうでしょう?」
質問の意図がわからないまま、香苗が正直な気持ちを言葉にする。
仕事が忙しい分、子供時代の父との思い出は少なく、お互い距離の取り方がわからないところがある。そのくせ香苗のやることにあれこれ口出しをしてくるので、家族としては煩わしいという思いが強い。
香苗の話に、宏は息を漏らすように微かに笑う。
「私の親は、酒飲みでろくに働かず家はずっと貧しかった。母が身を粉にして働いてくれたおかげで、どうにか高校だけは出れたが、とても医師になりたいなんて言い出せなかった」
宏がポツリと呟いた。
そして遠くに視線を向けて、独り言のように続ける。
「同じ学校で、私より成績の悪い医者の息子が私学の大学に進むことが、どれだけ悔しかったか」
宏はベッドのシーツを強く握りしめて言う。
「だからがむしゃらに働いて、金を貯めて企業して事業を成功させ“医者になんかなれなくて結構”“医者なんかになるより金持ちになってやる”そう思ってここまで来た」
宏は、苦いものを吐き出すような口調のまま、そうやって会社を大きくしている間に彼の両親は相次いで病気で亡くなったことを打ち明けた。
宏としては、両親が病死したのは医師の見落としがあったのではないかと考えているそうだ。そのせいで、医師と随分揉めたのだとか。
彼の医者嫌いの理由は、そこにあるのかもしれない。
「ろくに人を救えないんだ、医者になんかならなくて正解。運良く恵まれた家に生まれた人間が、医師なんてたいした志も持たずになる商売と割り切っていた。それなのに、アイツは……立派な志を持って、経済的支援もなく実力で医者になり、しまいには邪険にしていた私の命を救った」
彼の言う“アイツ”とは、もちろん拓也のことだ。
宏はそのまま、自分が金で苦労した分、家族には楽をさせてやったつもりなのに、最初の妻が寂しさを理由に浮気して、あげく娘の彩子を残して出て行ってしまったことなどを漏らした。
「医者になるのを諦めたのは自分の覚悟がたりなかっただけなのに、私は、なにに腹を立てていたんだろうな」
宏は遠くを見てポツリと言う。
経済的事情から医師の道を断念した彼の目には、苦境に立たされても迷いなく信念を貫く拓也は眩しすぎる存在に映ったのかもしれない。
もしくは自分には出来なかった事を成し遂げる拓也が、腹立たしかったのか。
「今と昔では、奨学金支援制度が違いますから。それに私の父は病院経営をしているのでわかりますが、会社を継続させるというのは並大抵の苦労じゃありません。それこそ医師になるより大変だったのではないですか?」
なんの慰めにもならないのは承知で、香苗は声をかける。
香苗の言葉に、宏の表情が和む。
「そう思うことにしておくよ」
宏の言葉に微笑んで、香苗は時間を確認した。
移動時間も考えると、そろそろ遠鐘病院に向かった方がいい。
「今日はもう失礼しますが、なにか必要な物があれば連絡ください」
そう言って香苗が帰り支度をしていると、ふたりのスーツ姿の男性が入ってきた。
大きなフルーツのカゴ盛りを持っているので、宏の見舞い客のようだ。
「娘さんですか?」
すれ違いざまに会釈をして病室を出て行く香苗の背後で、男性のどちらかが質問するのが聞こえた。
「息子の嫁だ」
ぶっきらぼうな宏の声をうれしく思いながら、香苗は仕事に向かった。
その日が夜勤の勤務だった香苗は、拓也の許可を取って、出勤前に宏を見舞うことにした。
「迷惑かけた」
病室に顔を見せた香苗に、ベッドの上で上半身を起こす宏が言う。
拓也は勤務中だし、夫の様態が安定したため小百合は一度地元に戻っている。そのため、病室には香苗と宏のふたりしかいない。
「いえ。ご無事でよかったです」
そう応えて、香苗は必要になるかもしれないと思って買い足してきた下着と、暇つぶしになりそうな本をベッドテーブルに置く。
「見舞いは花や果物が定番なんじゃないのか?」
香苗が持ってきた品々を確認して宏が言う。
「感染症リスクを考えて、今はお見舞いのお花は控えていただいているんです。石倉さんの病状では、食べられるものに制限がありますから」
香苗はふじき総合病院に務めているわけではないが、花に関しては最近は何処の病院でも同じ対応を取っているはず。果物に関しても、今の彼に食べられるものは少なく、家族に持ち帰ってもらうにしても家が遠いので小百合の負担になる。
香苗の説明に宏が「決まり事をどんどん変えて付き合いきれん」と、息をはく。
そのもの言いは相変わらずぶっきらぼうでケンカ腰な感じがするが、先日、受診を勧めた拓也を叱りつけた時のような険はない。
「あんたは医者の娘だな」
渋面の宏が、ベッドテーブルに置かれた本をパラパラ捲りながら言う。
「はい」
立ったままの姿勢で香苗が言う。
その応えに、宏はまた不快息をはく。
「自分の親を偉いと思うか?」
「医師としては尊敬していますが、親としてはどうでしょう?」
質問の意図がわからないまま、香苗が正直な気持ちを言葉にする。
仕事が忙しい分、子供時代の父との思い出は少なく、お互い距離の取り方がわからないところがある。そのくせ香苗のやることにあれこれ口出しをしてくるので、家族としては煩わしいという思いが強い。
香苗の話に、宏は息を漏らすように微かに笑う。
「私の親は、酒飲みでろくに働かず家はずっと貧しかった。母が身を粉にして働いてくれたおかげで、どうにか高校だけは出れたが、とても医師になりたいなんて言い出せなかった」
宏がポツリと呟いた。
そして遠くに視線を向けて、独り言のように続ける。
「同じ学校で、私より成績の悪い医者の息子が私学の大学に進むことが、どれだけ悔しかったか」
宏はベッドのシーツを強く握りしめて言う。
「だからがむしゃらに働いて、金を貯めて企業して事業を成功させ“医者になんかなれなくて結構”“医者なんかになるより金持ちになってやる”そう思ってここまで来た」
宏は、苦いものを吐き出すような口調のまま、そうやって会社を大きくしている間に彼の両親は相次いで病気で亡くなったことを打ち明けた。
宏としては、両親が病死したのは医師の見落としがあったのではないかと考えているそうだ。そのせいで、医師と随分揉めたのだとか。
彼の医者嫌いの理由は、そこにあるのかもしれない。
「ろくに人を救えないんだ、医者になんかならなくて正解。運良く恵まれた家に生まれた人間が、医師なんてたいした志も持たずになる商売と割り切っていた。それなのに、アイツは……立派な志を持って、経済的支援もなく実力で医者になり、しまいには邪険にしていた私の命を救った」
彼の言う“アイツ”とは、もちろん拓也のことだ。
宏はそのまま、自分が金で苦労した分、家族には楽をさせてやったつもりなのに、最初の妻が寂しさを理由に浮気して、あげく娘の彩子を残して出て行ってしまったことなどを漏らした。
「医者になるのを諦めたのは自分の覚悟がたりなかっただけなのに、私は、なにに腹を立てていたんだろうな」
宏は遠くを見てポツリと言う。
経済的事情から医師の道を断念した彼の目には、苦境に立たされても迷いなく信念を貫く拓也は眩しすぎる存在に映ったのかもしれない。
もしくは自分には出来なかった事を成し遂げる拓也が、腹立たしかったのか。
「今と昔では、奨学金支援制度が違いますから。それに私の父は病院経営をしているのでわかりますが、会社を継続させるというのは並大抵の苦労じゃありません。それこそ医師になるより大変だったのではないですか?」
なんの慰めにもならないのは承知で、香苗は声をかける。
香苗の言葉に、宏の表情が和む。
「そう思うことにしておくよ」
宏の言葉に微笑んで、香苗は時間を確認した。
移動時間も考えると、そろそろ遠鐘病院に向かった方がいい。
「今日はもう失礼しますが、なにか必要な物があれば連絡ください」
そう言って香苗が帰り支度をしていると、ふたりのスーツ姿の男性が入ってきた。
大きなフルーツのカゴ盛りを持っているので、宏の見舞い客のようだ。
「娘さんですか?」
すれ違いざまに会釈をして病室を出て行く香苗の背後で、男性のどちらかが質問するのが聞こえた。
「息子の嫁だ」
ぶっきらぼうな宏の声をうれしく思いながら、香苗は仕事に向かった。