冷酷元カレ救急医は契約婚という名の激愛で囲い込む
「矢崎先生、先日は大変だったんだってな」
慌ただしく続いた救急搬送が一息ついたタイミングで、拓也は、一緒に勤務していた医師の金沢に声をかけられた。
香苗との結婚報告をするために設けた食事会の席で、義父である宏が倒れ、そのまま救急搬送されてから五日が過ぎたところだ。
自覚症状があったにも関わらず数日間放置していた上に、持病もありかなり心配したが、その後は様態も安定して無事に一般病棟に移すことができた。
その後を引き継いでもらった循環器科の医師の話によれば、持病もあるので安全を期すために少し長目の入院期間を取っているが、その後は今までどおりの生活に戻れるだろうとのことだ。
今後の食事や生活習慣の改善点に関しての指導は、小百合が真面目に取り組んでいる。
これまでは、小百合がどれだけ心配しても耳を傾けることのなかった宏も、おとなしく従うつもりでいるようなので大丈夫だろう。
「色々ご迷惑をおかけしました」
立ち上がって丁寧に腰を折る拓也に、金沢が手をヒラヒラさせる。
「俺は休みでなにもしていない。搬送からオペまでお前が大活躍だったそうじゃないか」
「それは、俺ひとりの力じゃないです」
倒れた際、香苗が自分をサポートしてくれたおかげで拓也は冷静に動くことができたのだ。
拓也が搬送された後、小百合のタクシーの手配や店への対応など、彼女がいてくれるからその心配をすることなく、救急車に同乗することができた。
再会した香苗が、魅力的な大人の女性に成長していたことはわかっていたが、あらためて彼女が看護師としても優秀な人材に育っていることを思い知った。
休日にもかかわらず、宏のかかりつけ医との連絡がスムーズに取れたのも、香苗がいてのこと。
おかげで母に悲しい思いをさせずにすんだ。
そしてうれしい誤算として、この一件を機に、自分に対する宏の態度がかなり柔和なものになった。
香苗も拓也も、医療従事者としてやるべきことをやっただけで、別にそれで彼の気持ちが変えられるなんて思ってなかった。
小百合に言わせれば、宏はかなり苦労して一代で財を成した人なので、誰に対しての斜に構え気難しい態度を取ってしまうだけで悪い人ではないそうだ。
小百合としては、彼のそういう無器用な部分を理解したうえで支えていきたいと思っているのだという。
それを聞いて、今更ながらに、自分の母の選んだ人がそこまで悪い人ではないのだと気付くことができた。
大学進学の際に意見を対立させてから、拓也としては無理して関係修復する必要もないと思っていたし、連絡が途絶えがちだった母との交流がこのまま途絶えてもしかたないと諦めてもいた。
だが香苗の言葉に背中を押されて一歩踏み出したことで、拓也を取り巻く環境は奇跡のような変化を遂げた。
(香苗には一生頭が上がらないな)
もとより、惚れた弱味で香苗には勝てないのだけど……。
「しかしビックリしたよ」
あれこれ考えひとり苦笑する拓也に、金沢が話しを続ける。
「矢崎先生の婚約者って、九重総合医療センターのお嬢さんだったんだな。そりゃ、医局長の持ち掛ける縁談を断るはずだ」
「ああ、それは……」
最近の拓也は、常に左手の薬指に指輪をしている。
そのことに一方的にショックを受けた看護師の江口が、あっちこっちで話しを広めてくれたおかげで、拓也が事実婚状態になっていることはかなり知られた噂になっていた。
そのうえ宏のために香苗が九重総合医療センターの院長である自分の父親に連絡を取ってくれたことで、その相手が九重総合医療センター医院長の娘であることが周知の事実となったのだ。
「相手が相手だ、本決まりになるまで周りに隠していたい気持ちはわかる。周囲も九重家に婿養子に入るなら諦めがつくと話していたよ」
色々噂が一人歩きした結果、これまで拓也が頑なに縁談を断り続けていたのは、九重総合医療センターのひとり娘である香苗との交際を秘密裏に続けており、後々婿養子になることが決まっていたからだということになっている。
多少事実と異なるのだが、拓也としては彼女以外の誰かとの結婚なんて考えられなかったので、その噂は当たらずといえども遠からずといった感じなのでそのままにしている。
ただ……。
「中にはお前の出世を嫉妬して腐すヤツもいるみたいだが、雑音だと思って気にするな」
拓也に励ましの言葉をかけて、金沢は自分の仕事に戻った。
彼がそんなことを言うのは、香苗との関係が明るみになったことで、これまで拓也が救命救急の現場に留まっていたのは、後々九重総合医療センターに移るつもりだったからだと囁かれているからだ。
面と向かって拓也自身に『出世争いには興味ない現場主義って顔をして、必死に教授たちのご機嫌取りをする他の医師たちをあざ笑っていた』『九重総合医療センターの娘を上手くたぶらかした』などと言ってくる医師もいるくらいだ、金沢の耳にはもっと口さがない噂話が届いているのだろう。
それでも誰になにを言われても香苗を思う気持ちが揺らぐことはないし、将来的に救命救急の現場を離れる覚悟もできている。
「俺は常に、その時の自分にできる最善の仕事をするだけです」
拓也もそう返して仕事に意識を集中させることにした。
慌ただしく続いた救急搬送が一息ついたタイミングで、拓也は、一緒に勤務していた医師の金沢に声をかけられた。
香苗との結婚報告をするために設けた食事会の席で、義父である宏が倒れ、そのまま救急搬送されてから五日が過ぎたところだ。
自覚症状があったにも関わらず数日間放置していた上に、持病もありかなり心配したが、その後は様態も安定して無事に一般病棟に移すことができた。
その後を引き継いでもらった循環器科の医師の話によれば、持病もあるので安全を期すために少し長目の入院期間を取っているが、その後は今までどおりの生活に戻れるだろうとのことだ。
今後の食事や生活習慣の改善点に関しての指導は、小百合が真面目に取り組んでいる。
これまでは、小百合がどれだけ心配しても耳を傾けることのなかった宏も、おとなしく従うつもりでいるようなので大丈夫だろう。
「色々ご迷惑をおかけしました」
立ち上がって丁寧に腰を折る拓也に、金沢が手をヒラヒラさせる。
「俺は休みでなにもしていない。搬送からオペまでお前が大活躍だったそうじゃないか」
「それは、俺ひとりの力じゃないです」
倒れた際、香苗が自分をサポートしてくれたおかげで拓也は冷静に動くことができたのだ。
拓也が搬送された後、小百合のタクシーの手配や店への対応など、彼女がいてくれるからその心配をすることなく、救急車に同乗することができた。
再会した香苗が、魅力的な大人の女性に成長していたことはわかっていたが、あらためて彼女が看護師としても優秀な人材に育っていることを思い知った。
休日にもかかわらず、宏のかかりつけ医との連絡がスムーズに取れたのも、香苗がいてのこと。
おかげで母に悲しい思いをさせずにすんだ。
そしてうれしい誤算として、この一件を機に、自分に対する宏の態度がかなり柔和なものになった。
香苗も拓也も、医療従事者としてやるべきことをやっただけで、別にそれで彼の気持ちが変えられるなんて思ってなかった。
小百合に言わせれば、宏はかなり苦労して一代で財を成した人なので、誰に対しての斜に構え気難しい態度を取ってしまうだけで悪い人ではないそうだ。
小百合としては、彼のそういう無器用な部分を理解したうえで支えていきたいと思っているのだという。
それを聞いて、今更ながらに、自分の母の選んだ人がそこまで悪い人ではないのだと気付くことができた。
大学進学の際に意見を対立させてから、拓也としては無理して関係修復する必要もないと思っていたし、連絡が途絶えがちだった母との交流がこのまま途絶えてもしかたないと諦めてもいた。
だが香苗の言葉に背中を押されて一歩踏み出したことで、拓也を取り巻く環境は奇跡のような変化を遂げた。
(香苗には一生頭が上がらないな)
もとより、惚れた弱味で香苗には勝てないのだけど……。
「しかしビックリしたよ」
あれこれ考えひとり苦笑する拓也に、金沢が話しを続ける。
「矢崎先生の婚約者って、九重総合医療センターのお嬢さんだったんだな。そりゃ、医局長の持ち掛ける縁談を断るはずだ」
「ああ、それは……」
最近の拓也は、常に左手の薬指に指輪をしている。
そのことに一方的にショックを受けた看護師の江口が、あっちこっちで話しを広めてくれたおかげで、拓也が事実婚状態になっていることはかなり知られた噂になっていた。
そのうえ宏のために香苗が九重総合医療センターの院長である自分の父親に連絡を取ってくれたことで、その相手が九重総合医療センター医院長の娘であることが周知の事実となったのだ。
「相手が相手だ、本決まりになるまで周りに隠していたい気持ちはわかる。周囲も九重家に婿養子に入るなら諦めがつくと話していたよ」
色々噂が一人歩きした結果、これまで拓也が頑なに縁談を断り続けていたのは、九重総合医療センターのひとり娘である香苗との交際を秘密裏に続けており、後々婿養子になることが決まっていたからだということになっている。
多少事実と異なるのだが、拓也としては彼女以外の誰かとの結婚なんて考えられなかったので、その噂は当たらずといえども遠からずといった感じなのでそのままにしている。
ただ……。
「中にはお前の出世を嫉妬して腐すヤツもいるみたいだが、雑音だと思って気にするな」
拓也に励ましの言葉をかけて、金沢は自分の仕事に戻った。
彼がそんなことを言うのは、香苗との関係が明るみになったことで、これまで拓也が救命救急の現場に留まっていたのは、後々九重総合医療センターに移るつもりだったからだと囁かれているからだ。
面と向かって拓也自身に『出世争いには興味ない現場主義って顔をして、必死に教授たちのご機嫌取りをする他の医師たちをあざ笑っていた』『九重総合医療センターの娘を上手くたぶらかした』などと言ってくる医師もいるくらいだ、金沢の耳にはもっと口さがない噂話が届いているのだろう。
それでも誰になにを言われても香苗を思う気持ちが揺らぐことはないし、将来的に救命救急の現場を離れる覚悟もできている。
「俺は常に、その時の自分にできる最善の仕事をするだけです」
拓也もそう返して仕事に意識を集中させることにした。