冷酷元カレ救急医は契約婚という名の激愛で囲い込む
ナースステーションに戻ると、そこにはもう赤塚の姿はなかった。
 そのことに安堵する香苗は、ナースステーションのセンターテーブルに置かれている回覧に目を留めた。

「JPTECプロバイダー講習のお知らせ……」

 印刷されている文字をそのまま声に出して読むと、隣から千春が覗き込んでくる。

「なにそれ?」
「“Japan Prehospital Trauma Evaluation and Care”の略だよ。災害や事故の現場で搬送前のけが人に外傷病院前救護するためのガイドラインをまとめた教育プログラムで、知識を身につけることで防げる外傷死亡の撲滅を目指すためのものよ」

 さらりと資格について説明する香苗に、千春がキョトンとした顔をする。

「なんでそんなに詳しいの?」
「看護師になってすぐの頃に、一度、資格を取ってるのよ」

 香苗が言う。
 ただこの資格は三年ごとに再受講して資格を更新する必要があるのだけど、引っ越し後の住所変更を怠っていたためその案内通知を見落として、更新しそびれて失効してしまったのだ。

「もう一度受講しようかな」
「え? なんのために? 病棟勤務なんだから、搬送前処置なんて私たちには関係ない資格でしょ」

 千春が小さく驚く。

「確かにそうなんだけど、もしもの時に後悔したくないから」

 そんなふうに思うのは、昔の夢を見たせいなのかもしれない。
 どれだけ時が過ぎても、無力な自分を悔やむ気持ちを拭うことはできない。
 そのことを苦く重いながら、香苗はJPTECプロバイダー講習の日程を確認した。
< 6 / 37 >

この作品をシェア

pagetop