崖っぷち漫画家はエリート弁護士の溺愛に気付かない
 でもこのおどけた物言いも含め、私を励ますためだとわかっているから、私はそれ以上何も言わなかった。

「とは言え、社外秘の書類が殆どだからみのりはこっちの応接室で作業して貰っていいか?」
「うん。もちろん」
 高尚の言葉にすぐに頷く。弁護士事務所という場所柄、当然だが個人情報の取り扱いだって多くしているだろう。そんな場所に部外者が入れないのはむしろ当然だ。

「流石に応接室には大事な書類とかは何もないからさ。俺は俺の事務室で作業してるけど、スマホ鳴らしてくれたらすぐに戻ってくるから」
「わかった。色々ありがとね」
「俺が持ち出し禁止の資料に目を通したかっただけだよ。だから気にすんな」
「じゃ、気にしなーい」
「ははっ、それでこそいつものみのりだな。あ、トイレエレベーター前とこの右側だから」
 応接室まで案内してくれた高尚もそんな軽口を交わし、くすくすと笑いながら部屋を出る高尚を視線だけで見送る。
 素直じゃないその言い回しも全て、私の重荷を軽くするためのものなのだろう。それがわかるから、なんだか逆に大人っぽく聞こえた。
(いい漫画、描かなきゃ)
 
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