崖っぷち漫画家はエリート弁護士の溺愛に気付かない
 荷物を片付け肩にかけた浅見が自身の担当さんの方を向き、頭を下げたかと思ったらくるりとドアの方へと歩き出す。私のすぐ近くまで歩いてきた彼女は、そこで一度足を止めた。
「話ひとつ潰されたくせに平気でアシスタントにも呼ぶし、何か言いたげなのに押し殺してろところがいい子ちゃんぶってるなって思ってた。けどやっぱり本音では疑ってたんだね」
 言われた言葉が脳内で反響する。
 確かに私は、いい子ちゃんぶっていたのかもしれない。

 まるで興味を失ったかのように私の横を通り過ぎ、会議室のドアへと手を伸ばす浅見の背中。
 その背中に向け、私は声を張り上げた。

「いい子ちゃんぶってたよ! 友達だもん、いい子ぶりたかったんだよ!」
 仲良くしたかった。彼女と一緒に漫画を描いていたその時間は、一緒に切磋琢磨したあの日々は、私にとってかけがえのない〝今〟を作る第一歩だったから。
 だから、もう、やめる。今じゃなく、明日を、未来を見たいから。
「もう友達じゃないけど! でもこれからは、ライバルとして! 浅見には負けないからっ!」
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