崖っぷち漫画家はエリート弁護士の溺愛に気付かない
『家でひとりで根詰めてもいいアイデアでないんじゃねぇか? モデルを観察しながらの方が何か突破口が見つかるかもよ』
 そう言ってくれた高尚は、どうせ食事も蔑ろにしてんだろ、なんて。どうしてわかったのか、と問い詰めたくなるような私の生活状況をあっさり言い当てた。
 私の移動時間を省くために私の家まで来てくれようとしたのだが、流石に初めてのデートで荒れた部屋を見せることに抵抗があった私は、気分転換になるからと高尚の家でと頼んだのである。
 みのりがそれでいいなら、と家へ行くことに同意してくれた高尚は当日家まで迎えに来てくれようとしたのだが、案外電車で外を眺めている時にいいアイデアが思い浮かぶこともあるのでそれも断り、その時も今日のように駅での待ち合わせをお願いしたのだ。
 だが電車でアイデアが浮かぶというのは決して嘘ではない。もちろん人にもよるのだろうが、私は湯船に浸かっている時、眠る瞬間などにフッとアイデアが浮かぶタイプだった。

「改めて考えると、私断ってばっかりだな……」
「何が?」
 思わずそんな呟きを漏らした私の声が聞こえたのか、家の鍵を開けながら高尚が不思議そうにこちらを見た。
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