崖っぷち漫画家はエリート弁護士の溺愛に気付かない

3.乗り越えろ、修羅場!④

 じゃあ、お願いします。と一言残し、家に上がるどころか玄関の敷居を跨ぐことなく帰る増本さんを見送った私が振り返ると、いまだ作業部屋から顔を覗かせている浅見と目が合った。
「浅見、増本さんがケーキくれたんだけど、休憩にしない?」
「わっ、甘いもの嬉しー!」
 デジタルなのでうっかり食べ物を落とし原稿を汚す、なんてことはないが、それでも精密機械にはかわりないのでふたりでリビングへと向かう。
 
「あんまり聞こえなかったんだけど、担当さんなんだって?」
「あー、個人的な? 話だったかな」
 一瞬そこまでして会話を聞こうとしていたのかと思ったものの、それは結果的に個人的な話だったから違和感を感じただけで、同じ編集部の担当が突然自宅にまで来るというイレギュラーが気になるのは当たり前なことだとそう考え直す。
(私だって、浅見の家に担当が来たって聞いたら『なんで?』なんて思ったはずだし)
 だからこれはきっと、普通のこと。だよね?

「みのり、聞いてる?」
「えっ、あ、ごめん、何だった?」
 少し考え込んでしまっていた私は浅見の声でハッとし慌てて顔をあげる。
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