崖っぷち漫画家はエリート弁護士の溺愛に気付かない
「誰が初対面の男狙うかッ! つうか私だって好きでゴテゴテにファンデ塗ってんじゃないっつの! クマが隠れないから頑張って隠してんのよサイッテー!」
「あぁっ!? 誰が最低なんだよ!」
「アンタよアンタぁッ!」
「ちょっとふたりとも落ち着いて! 店追い出されるから!」
 まさに売り言葉に買い言葉。いい大人がぎゃあぎゃあと喚きながら喧嘩をするというこの最悪な構図は、打ち切り目前という切羽詰まった状況で心の余裕を失ってしまったというところが大きいだろう。
 だが、もしこれが学生の時であれば平手打ちのひとつくらいかましたかもしれないが、私は打ち切りだけでなく三十も目前のいい大人過ぎたため、この苛立ちを消化すべく先に頼み、だが礼儀として口をつけずに待っていたジョッキを一気に呷ることで解消した。そしてこの失礼男も、増本さんがさっき頼んでいたビールが届くやいなやぎゃいぎゃいと喚きながら一気に呷る。
「「おかわり!」」
 サクッと二杯目を注文して文句のセカンドステージもこなし、締め切りや打ち切りというストレスも相まってかそんなことを何度か繰り返した……ところまでは記憶があった。そこまでは。
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