怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する
 大城店長から提示された選択肢は二つ。今の家から引っ越して別の店舗に異動するか、実家から通える範囲の店舗に異動するか、である。

 引越し費用は会社負担となるが、ここから離れた地域を選ぶことは必須だ。引越しするにしても実家に帰るにしても、優流とはお別れなのだ。

 彼と離れなくてはいけない。そのことを認めたくなくて、どうしても口に出せないのだった。

「高階さん、どうしました?」

「え、あ……っ!」

 知らぬ間に、私は黙って俯いていたらしい。優流はそんな私を心配そうに見つめていた。

「い、いえ! 今日はウェブ会議で仕事の打ち合わせがあったので少し疲れてたみたいで……」

 慌てて取り繕うものの、やはり異動のことは言い出せない。

「気分転換でもして、ゆっくりしようと思います」

「だったら次の土曜日、一緒にどこか出かけませんか?」

「え……?」

「その……高階さんが良ければ、ですけど」

 そう言った優流の顔が少しだけ赤く見えたのは、気のせいだろうか。

 それはさておき、私は彼の誘いに乗ることにした。

「ぜ、ぜひ……お願いします」

 これはデート……? いや、さすがに思い上がりすぎよね?

 期待と不安を胸に抱きながら、私はコロッケを口に運んだ。
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