怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する
「大城店長からも伺ってますが、待ち伏せや衣服への接触など、木下様の行為が常軌を逸していることは明らかです。今回イレギュラーでの出入り禁止判断を私からも提案したのですが……限りなく黒に近いグレーと判断された、と言いますか」

 防犯カメラについても解析がされたものの、カギにイタズラをしたのが木下であるという手がかりは見つけられなかった。黒と断定できない以上、百貨店側も手を打てないようだった。

「でもこれ以上、貴女を危険に晒すことはできないわ。だから申し訳ないけど、近日中に店舗異動してもらいたいの。いまの店から離れたところにする予定だけれども……ご実家から通える範囲が良いとか、希望があればなるべく沿うようにするわ。この休暇中によく考えて、休み明けに希望する店舗を教えてちょうだい」

「……承知しました」

 大城店長の言葉に、私はただ頷くことしかできなかった。



「ただいま帰りました」

「御堂さん、お帰りなさい」

 夕食の支度を終えたタイミングで、優流は帰宅した。彼が部屋着に着替えたところで、私たちは朝と同じように食卓を囲む。

 今日はジャガイモのコロッケを作ったので、テーブルの上には揚げ物の香ばしい匂いが広がっていた。

「揚げ物用の深い鍋がないのに、どうやって揚げたんですか?」

「実は普通のフライパンで、作れるんですよ。薄めに油を引いて、ひっくり返しながら揚げていくんです」

「ああ、なるほど。とっても美味しいです」

 コロッケをひと口食べて、優流は笑顔で褒めてくれた。

「そう言えば、朝言ってたアフタヌーンティーなんですけど、まだ予約に空きがあるみたいで、良かったら一緒に行きませんか?」

「え、ぜひ行きたいです!」

 食卓に和やかな空気が流れるものの、私は異動が決まったことを優流になかなか言い出せずにいた。
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