怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する
「まあ……何と言うか、怖がられず寄ってこられるのは、嬉しいですね」

 そう言った優流は、満更でもないといった表情だった。

「そう言えば。この前サンプルをいただいたファンデーションと下地、とても使いやすくて、ぜひ購入したいです」

 優流は半袖のポロシャツを着ているものの、痣はファンデーションでしっかりと隠れていた。塗ってからだいぶ時間が経っているが化粧崩れもしておらず、自然な肌色が保たれている。

「気に入ってもらえて良かったです。このファンデーションはオンラインショップでは売ってないので、いつでもお店に買いに来てくださいね」

 そこまで言ったところで、異動が決まったことをまだ優流に伝えていないことを思い出す。

「……本当に、高階さんには感謝してもしきれないほどです」

「い、いえ……」

 本来ならばこの流れで、伝えておくべきだろう。しかし楽しい時間を終わらせたくなくて、私は言い出せずにいた。

 私が異動の話を切り出せずにいると、先に口を開いたのは優流だった。

「高階さん、少し話したいことがあるのですが、よろしいですか?」

「は、はい」

 見ると、優流はいつになく真剣な表情となっていた。それは先ほど動物たちと戯れていた優しい顔とはまったく違い、私は自然と背筋が伸びていた。
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