怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する
「一時間も居座ったのに、リップひとつ買わなかったの!?」

 バックヤードで、大城店長は呆れたように小さく声を上げた。

「はい……本当にすみません」

 木下を見送ったタイミングで、ちょうど遅番勤務の大城店長が出勤して来た。彼女は木下の姿を見るや否や、私に慌てて声をかけてきたのである。そしてバックヤードに連れて来られ、今に至る。

「なるべく時間を短縮できるよう工夫はしたのですが、上手くいかなくて」

 結局、どの色のリップを勧めても、木下が納得することはなかった。サンプルを渡して帰らせたものの、雑談をなかなか終わりに持っていけなかったのだ。

「貴女が謝らなくていいわよ。でも……来店のペースも増えてきたし、困ったものね」

 木下の購入履歴をタブレットで確認しながら、店長は呟く。

 もし、木下が完全に何も買わない冷やかし客ならば、出入り禁止にもできる。しかし木下は、三回に一回ぐらいは何かしら購入するため、そうもいかないのだ。

 ちなみに木下は購入するとしても、低単価商品を一点買うだけだ。コットンやパフなど、数百円台のものばかり。時間あたりの売上としても、あまりにも低い。
< 4 / 120 >

この作品をシェア

pagetop