怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する
「本当に、ファンデーションも下地も買わないのにパフだけ買って何に使うっていうのよ」

「それは……そうですね」

「今度高階さんが不在の時に来たら、一番高いメイクパレットでも売りつけてやろうかしら。もちろん、売上は貴女に付けとくわ」

「は、はは……」

 モンスター客にも臆することなく高額商品を勧めることができるのは、この店で彼女ぐらいだろう。

 大城店長は美容部員歴二十年以上の大ベテランであり、背が高く貫禄があるためか、木下に怖がられている。木下も店長に対しては、絶対に強く出ることはないのだ。

「高階さん。私はこれ以上、貴女の負担を増やしたくないの。副店長ってだけでも大変なのに……このままじゃ、いつか倒れるわよ」

 店長の胸元には金色、そして私の胸元には銀色のブランドロゴのバッジが輝いている。

 私は一年前、これまでの実績を買われて副店長に任命された。当然、今までよりも忙しい日々が続いているが、毎日がとても充実している。

 木下への対応だけが私の抱える悩みと言っても、過言ではない。
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