怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する
「高階さん、これはあくまでご提案なのですが……この件が落ち着くまで、しばらくご実家で過ごされたほうが良いかもしれません。仕事の都合もあると思いますが、検討してみてください」

「……はい、少し考えさせていただきます」

 弓削さんの言葉に、私は小さく頷いた。

 □

「お休みの日なのに、呼び出してしまってすみませんでした」

 優流にアイスコーヒーの入ったグラスを差し出してから、私は言った。

 弓削さんとの相談を終えたあとわ私は優流を家に招いていた。無事に玄関の鍵の付け替えは終わったものの、一人で居たくなかったのだ。

「休みと言っても今日は用事もなくて家にいたので、気にしないでください。ところで、仕事はしばらく休めそうでしたか?」

「はい。消化しきれなかった有給があったので、二週間は休んで良いと言われました」

 大城店長に連絡したところ、身の安全確保が第一ということで、二週間の休暇が与えられたのだった。

「ちなみに、ご実家はここから遠いんですか?」

「いえ、埼玉なので、ぎりぎり通勤県内です。ただ……」

「?」

「家族に相談するとなると、この仕事を続けること自体を反対されそうで、それが怖いんです」

 学生時代に私が美容部員になりたいと言った時、両親には反対されていた。

 接客業はクレーマー対応など、色々なお客様と関わっていかなければならないことを父も母も心配していたのだ。なんとか説得して専門学校に進んだものの、今でも会うたびに「お客にカスタマーハラスメントされてないか」と聞かれるぐらいだ。

 木下の存在を伏せて鍵の件を話したとしても、過剰なまでに心配されることは明白だ。だから、実家に帰るとは即決できないのである。
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