月とスッポン ありのままは難しい
身を清め、念願の楼門を階段の下から見上げる。
「《天智天皇は、遣唐使によって中国から伝えられた漏刻を660年に初めて製作し、その後、671年に近江大津宮で運用を開始したことにより、【時の神様】と拝められています。
なので、時が味方したのかもしれません》」
「ろうこく?」
「《水時計の一種で、紀元前16世紀にはバビロニアや古代エジプト、インドや中国にはすでに存在していたそうですよ》」
「紀元前ですか?昔すぎて、凄さがわからない」
「紀元前16世紀でしたら、たぶん日本は縄文時代ですね」
「にはすでに時計があったという事?すごっ」
階段を登ろうとする大河を引き留め、写真に映らないように退ける。
誰もいない階段の上には色鮮やかな楼門。
目を閉じ、耳を澄ませ深く息を吐く。
目を開けゆっくりと一歩を踏む出した。
「《近江大津宮は、飛鳥時代に天智天皇が営んだ都で、667年に飛鳥から近江に遷都した天智天皇はこの宮で正式に即位し、近江令や庚午年籍など律令制の基礎となる施策を実行しました。
672年に崩御後に天智天皇の後継をめぐって天智天皇の弟・大海人皇子と息子・大友皇子が戦った壬申の乱で大海人皇子に敗れたため、都は飛鳥へと移ったため5年余りで廃都となったそうです》」